呪土で焼いた黒パン
土壌祓い師オルネは、王都の畑を救えなかった罪を着せられた。
本当は公爵家が禁じられた肥料を使ったせいだったが、口の軽い魔術師より、広い農園を持つ貴族の言葉が信じられた。追放先は、草さえ黒く枯れる「呪われた谷」だった。
谷の中央には、黒土で造られた古いパン窯があった。火を入れる前から冷気が漏れ、内壁の一か所だけ紫色に染まっている。
オルネは初日、その染みを削り取ることだけにした。
鉄べらを当てると、薄い殻が剥がれ、下から普通の赤土が現れた。呪いではない。かつて燃やした毒茸の脂が染み込み、湿気と反応して冷えていただけだ。
谷に住む薬鼠人フウが、目を丸くする。
「祓わないの?」
「原因が分かれば、祈りより掃除が効く」
オルネは紫の層を最後まで削り、灰と酢で内壁を拭いた。土の匂いが戻るまで何度も水を替える。乾かしてから弱火を入れると、冷気は消え、火が丸い天井を素直に舐めた。窯口の石へ置いた水滴も、紫に濁らず透明なまま蒸発した。
黒麦粉に塩と木の実を混ぜ、重い生地を一つだけ作った。窯へ入れると、表面がゆっくり乾き、深い裂け目が開く。木の実の油が焼ける香りは濃く、空腹だった二人の腹を同時に鳴らした。
取り出した黒パンを割る。見た目は土塊のようでも、中は淡い茶色で、白い湯気がたっぷり詰まっていた。フウが恐る恐るかじり、すぐに二口目を取る。
そこへ村の見回り役が、古い立札を抱えて現れた。赤い字で「呪地・立入禁止」と書かれている。窯の煙を見て、再び立て直しに来たのだ。
フウは止める間もなく、黒パンを一口かじった。二口、三口。紫色にもならず、尻尾も抜けない。
見回り役は立札とパンを見比べた。
「本当に、呪いではないのか」
「染みを落としただけです。原因があっただけ」
男は恐る恐る一切れ受け取り、木の実の甘さに目を見開いた。そして立札を地面へ寝かせ、裏返した板を食卓代わりにした。
オルネは黒パンへ山羊乳を垂らした。熱い生地が乳を吸い、甘い湯気が三人の間へ立つ。
王都では、真実を言っても誰も腹を満たせなかった。ここでは、染み一つを正しく見抜いたことで、夕食が安全に焼け、「呪地」の文字まで下を向いた。
オルネは黒パンの硬い皮を割り、柔らかな中身をもう一切れ取った。