命令を聞いたのは剣だった
「命令が誰に向けられたか分かるだけ? 名前を呼べば分かる話だ」
軍令院の試験で、ヴェルオは無能とされた。
【能力:《命令宛先》――聞いた一つの命令文が、文法上どの相手へ向けられているか理解する】
命令を解除も変更もできない。彼は武器庫の号令記録係へ回された。
黒角軍との会戦で、王国軍一万が突然味方へ剣を向けた。
敵将の魔笛が「進め、王を討て」と鳴った瞬間、兵たちの腕が勝手に動き出したのだ。精神防壁は破られていない。兵は泣きながら抵抗するが、剣を握った手だけが王旗へ進む。
軍神リオダスは全兵を斬る覚悟で槍を構えた。
ヴェルオには命令の宛先が聞こえた。
《命令宛先》。
「進め」と命じられたのは兵ではない。
王国軍へ支給された一万本の制式剣だった。
剣の柄には敵国から輸入した黒鉄が使われている。魔笛は鉄へ刻まれた古い軍語を呼び起こし、持ち主の腕を運ばせていた。
「剣を放せ!」
兵たちは握力さえ操られ、指を開けない。
ヴェルオは武器庫で、制式剣の安全規則を記録していた。柄頭の赤紐を歯で引けば、緊急時に鍔から柄が外れる。兵たちへそれを叫ぶ。
一万の赤紐が引かれた。前列から後列へ赤い波が走り、兵たちは互いの紐を歯で引き合った。腕は王旗へ向かおうとしても、仲間を助ける声までは魔笛に奪われていなかった。
柄だけが手に残り、刃は地面へ落ちる。自由になった鉄剣は命令どおり王旗へ向かおうとしたが、足がない。土の上で小さく跳ねるだけだった。
リオダスは丸腰の兵へ予備の木槍を配り、逆に敵陣へ突撃する。魔笛を守る黒角軍は、操ったはずの一万兵に踏み込まれ、総崩れとなった。
試験官が「武器の仕組みを知っていただけ」と言う。
軍神は地面で跳ねる剣を一本拾い、男の軍令札を柄から切り離した。
「命令を聞いた者と、従わされた者を同じだと思った我らの敗北だ」
リオダスはヴェルオへ軍令旗の副印を渡す。
「次から敵の号令が鳴ったら、兵へ命じる前に宛先をおまえへ聞く」