商店街の残り一個

閉店した文具店のシャッター前で、桂木青葉のスマートフォンが震えた。

〈スタンプを獲得しました。残り一個〉

「店、ないのに反応するんだ」

里見佳澄が、色あせたポスターを剥がす。

黒沢睦生は位置情報の設定を確認した。

「ビーコンが生きてる。電池だけ優秀」

三人の〈マチポン〉は、商店街を歩くと画面に昔の店の写真が浮かび、買い物で電子スタンプが貯まる観光アプリだった。市のコンテストで優勝し、新聞には「若者が町を救う」と書かれた。半年後、参加店の三分の一が閉店した。救う前提だった町に、三人は撮影と説明会の手間だけ増やした。

最後の協賛店だった文具店も、昨日シャッターを下ろした。

「青葉、ここ継ぐんじゃなかったの?」

佳澄が聞く。

「父に断られた。赤字を相続させるために店をやってきたんじゃないって」

「じゃあ?」

「広告会社。地方創生の部署」

睦生が苦く笑う。

「また救う側」

「今度は、救えるって先に言わない」

佳澄は考古学の大学院へ進む。

「なくなった店を、資料として残す」

「今ある店を見てよ」と青葉。

「今あるものは、誰かが見てると思ってた。違ったから」

睦生は市役所へ入る。商工課ではなく税務課だ。

「補助金より、閉店するときの手続きを覚える」

「夢がない」

「閉める人に夢の話をする方が残酷だよ」

三人は店ごとのビーコンを回収した。肉屋、喫茶店、履物店。どれも名刺ほどの白い箱で、裏に店主の字で番号がある。文具店の箱だけ、シャッターの内側にあって取れなかった。

「残り一個、どうする?」

「取得済みに変える?」と睦生。

青葉は首を振った。

「行けない場所は、行けないままにしよう」

管理画面を閉じると、佳澄が会社のチャットから退出した。睦生も続き、青葉だけがポスターを丸める。そこには、今はない十軒の店が明るく描かれていた。

帰り道、三人のスマートフォンへ同じ通知が届いた。

〈あと一つで、この町を完全制覇です〉

誰も画面を開かなかった。シャッターの向こうでは、回収されないビーコンが、客のいない店を営業中だと知らせ続けていた。