嘘つきの杯

 沢渡玄は杯を持ち上げ、宣言した。

「この発言は嘘である」

 元教師と投資家が顔をしかめる。天井の判定装置だけが、低い唸りを上げ始めた。

《一人一文を述べよ。虚偽を述べた者の杯に毒が注がれる。毒のない杯を飲んだ者が勝者となる》

 元教師は「私は四十二歳だ」と言った。首輪の記録と一致したらしく、彼女の杯には何も落ちない。

 投資家は「私は人を殺したことがない」と言った。装置が緑に光る。真偽を判定するデータを、主催者が持っているらしい。

 玄の杯の上だけ、毒液のノズルが開いたまま止まっている。

『発言の真偽を判定中』

「嘘なら、内容どおりこの発言は嘘。だが『嘘である』が正しいなら真実になる。真実なら発言内容は誤りだから嘘になる」

 玄は杯を鼻先へ運んだ。「どちらに判定しても矛盾する」

「判定が終わるまで飲むな!」

 投資家が叫ぶ。

 玄は構わず飲み干した。透明な水だった。

『安全機構作動。未判定対象への薬剤投入を停止』

『勝者、沢渡玄』

 元教師も自分の杯を飲み、通過判定を得た。投資家はなお玄を睨む。

「機械が故障する保証などなかった」

「故障させたんじゃない。主催者の目的を守らせた」

 玄は空杯を置く。判定装置の側面には、事故時の監査番号と「判定根拠を保存せよ」という小さな表示があった。毒より先に、責任の所在を恐れる機械だ。

 この施設は、参加者が「嘘をついた証拠」とともに死ぬ映像を販売している。真偽不明のまま毒を入れれば、商品価値が崩れる。だから判定不能時には投薬を止める安全策が必ずある。

「人を殺す装置にも、誤判定だけは避けたい事情がある。正義じゃない。商売の都合だ」

 投資家の顔色が変わった。彼が真実と判定された理由も、主催者が犯罪の記録を持っていないだけかもしれない。

 元教師は自分の年齢を述べた安全策を恥じるように俯いた。生き残るための正しさと、人間として告白すべき真実は同じではない。この機械は、そこまで区別できない。

 扉が開く。

 玄は判定装置へ背を向けた。

「嘘を見抜く機械より、嘘を必要とする人間のほうが読みやすい」