四枚目だけ、隣に
駅の証明写真機が撤去されるまで、あと六分だった。
春日帆乃香は、江原柾人の転職用写真を撮るために付き添っていた。明日から機械の場所には宅配ロッカーが置かれる。業者が工具箱を開き、最後の利用者を待っている。
柾人がカーテンの内側から顔を出した。
「一枚だけ一緒に撮らない?」
「写らないよ」
証明写真機には、記念撮影用の四コマ機能があった。二人は付き合って十か月になるが、同じ写真が一枚もない。柾人のスマートフォンには、帆乃香が席を立った直後の椅子や、彼女の指先だけが入った写真ばかり残っていた。旅行へ行っても風景だけ。食事をしても皿だけ。柾人がカメラを向けると、帆乃香は必ずフレームの外へ出た。
「俺が退職したら、職場で会った証拠もなくなるね」
「証拠なんていらないでしょ」
「俺は欲しい」
撤去業者が「あと五分なら動かせます」と声を掛ける。狭いボックスの前で、帆乃香には逃げる場所がなかった。
両親が離婚したとき、母は家中の写真から父を切り取った。アルバムには、肩や腕だけが欠けた不自然な空白が残った。帆乃香は子どもながらに、人は別れれば写真の中でも不要になるのだと知った。自分が切り取られるくらいなら、最初から写らないほうがいい。楽しかった日の証拠ほど、未来の誰かに処分されるものだと思っていた。
「写らないって決めてるの」
「じゃあ、三枚は一人で撮る。四枚目だけ、空けておく」
柾人はカーテンを閉めた。機械の音声がカウントを始める。一枚目、二枚目、三枚目。画面の中で彼は、証明写真らしく真面目な顔をしていた。
四枚目のカウントが始まる。
帆乃香はカーテンを開け、椅子の端へ滑り込んだ。驚いた柾人が笑い、その瞬間にシャッターが切られる。
「写りたくないんじゃない。消されるのが怖い」
出てきた二本の写真を、帆乃香は切り離した。一方を柾人へ渡し、もう一方を自分の定期入れへ入れる。撤去業者が電源を落としても、四枚目の二人だけは暗くならなかった。