売れなかった午後
太刀川蓬は、自分の寿命が一円にもならないと知った。
失業して家賃を三か月滞納し、最後の手段として買取所へ行った。三十八歳、独身、喫煙歴なし。少なくとも十年は売れると思っていた。
検査端末は冷たく表示した。
〈予測余命・十一か月。商品価値なし〉
自覚症状のない心臓病だった。買取員は同情するより先に、検査料を請求した。
蓬は笑った。死ぬことより、売れないことが腹立たしかった。十一か月あれば家賃を払えると思っていたのに、その十一か月は市場から「短すぎる」と返品された。
部屋へ戻ると、大家が待っていた。
「出ていってもらいます」
蓬は診断書を見せた。大家はしばらく黙り、「では来月まで」と言った。死ぬ人にも退去期限はある。
翌日、蓬は残りの物を売った。家具、服、古いゲーム機。寿命だけが売れなかった。
ネットで〈余命十一か月 使い道〉と検索すると、旅行、恋愛、家族への手紙と出た。どれも金か相手が必要だった。
仕方なく近所を歩いた。いつも素通りしていた公園で、老人たちが将棋を指していた。欠員が出たから座れと言われ、ルールも曖昧なまま一局した。負けると、相手が缶コーヒーをくれた。
翌日も行った。三日目、老人の一人が来なかった。寿命を売って孫の学費にしたらしい。
「あの人、あと何年だったんですか」
「十五年。十年売った」
蓬は、自分にはない価値を持つ十五年が羨ましかった。だが残った老人は言った。
「五年もあれば、千回は指せたのにな」
蓬は初めて、十一か月を回数に直した。三百三十日。公園へ三百回は来られる。
彼は買取所の前で、売却待ちの人に無料の将棋を教え始めた。契約をやめる人も、売ってから来る人もいた。蓬は説得しなかった。ただ一局分、決断を遅らせた。
十一か月後、蓬はまだ生きていた。病気は進んだが、大家は家賃の代わりに廊下の掃除を任せてくれた。
二年目の春、ようやく手術を受けられる治験が始まった。公園の仲間たちが保証人欄へ順番に署名した。
蓬の寿命は最後まで商品にならなかった。
そのおかげで彼は、値段のつかない時間にも、対局相手ならつくことを知った。