売れ残りではなく、待っている
小さなペット用品店の奥には、保護動物を紹介する部屋がある。
閉店後、店員が灯りを落とすと、そこは動物たちの茶話室になった。若い猫の鈴豆、片耳の犬の帆影、文鳥の白米、そして七歳の兎、草結び。牧草を香らせたぬるま湯を囲み、その日会った人間について話す。
「私は三回抱かれた」
鈴豆が尾を高くする。
「僕は散歩へ二回」
帆影が言う。
「私は『声がきれい』と言われました」
白米が羽を整える。
草結びは牧草を一本噛み、黙っていた。
草結びは、ここへ来て半年になる。
穏やかで、爪切りも上手にさせる。けれど人間は札に書かれた年齢を見ると、「もう少し若い子を」と隣へ移る。
「今日も、見てもらえなかった?」
鈴豆が訊く。
「見られた」
草結びは答えた。
「『長く一緒にいられないかもしれない』と言われた」
茶話室が静かになる。
「若いから長いとは限らない」
帆影が鼻を鳴らす。
「人間は未来を数えたがる」
白米が止まり木を移る。
草結びは耳を伏せた。
「私は売れ残っているのかな」
「違う」
鈴豆が即座に言った。
「待っている」
「何を?」
「草結びの速度で来る人」
翌日、年配の男性が店へ来た。
妻を亡くし、一人暮らしになったという。犬の散歩は難しく、若い猫の速さにはついていけないかもしれない。店員が草結びを紹介すると、男性は床へ座り、兎が近づくのを待った。
急かさない。抱き上げない。ただ、掌を膝の上へ置いた。
草結びは匂いを確かめ、ゆっくり近づいた。
男性の指から、木工用の蜜蝋と番茶の香りがした。草結びが鼻を触れると、男性は小さく笑った。
「君も、急がないんだね」
その日は決めず、翌日も、その次の日も会いに来た。
三回目、男性は草結び用の低い木箱を自分で作って持ってきた。
「うちの窓辺に置こうと思って」
閉店後の茶話室で、草結びは報告した。
「来週、家を見に行く」
「ほら、待っていた」
鈴豆が得意そうに胸を張る。
「まだ決まっていない」
「決めるのも、ゆっくりでいい」
出発の日、男性は新しいキャリーへ柔らかな牧草を敷いた。
草結びが入ると、店員は目を潤ませながら扉を閉じる。鈴豆たちは奥の部屋から見送った。
その夜、茶話室には草結びの席が空いていた。
白米が牧草を一本、器のそばへ置く。
「空席ですね」
「違う」
帆影が言った。
「ここで待たなくてよくなった席だ」
窓の外から、迎え先で淹れた番茶の香りが届いたような気がした。動物たちはぬるま湯へ鼻を寄せ、急がず来た縁の温度を、それぞれ静かに覚えた。