夜勤明けの黄色い傘

小児病棟の職員玄関で、東雲祈里の黄色い傘が、黒い傘に取り替わっていた。

夜勤を終えた朝六時。雨は窓を白くするほど強い。黄色い傘は、怖がる子どもに「小さな太陽」と呼ばれ、祈里が院内散歩のたびに見せていたものだった。

玄関へ来たのは、看護師の北原依子、研修医の大和田俊、入院中の少年の姉・松ヶ谷ひなた。依子は薬品庫へ戻り、大和田は救急外来へ走った。ひなたは弟の転院に付き添っているはずだ。

黒い傘の持ち手には、星形の子ども用シール。階段には黄色い糸が一本落ち、玄関机には六時七分発のタクシー領収書が残っていた。

祈里は救急搬入口へ向かった。転院車の前で、ひなたが黄色い傘を高く掲げている。その下を、弟が点滴台を押されながら歩いていた。

少年は救急車の音が苦手で、雨の暗い朝に建物を出るのを怖がった。祈里は夜中、眠れない彼のベッド脇へ黄色い傘を閉じたまま立て、朝になればあれを目印に外へ出ようと約束していた。ひなたが何を言ってもベッドの柵を離さない。そこで依子が「太陽の傘なら外まで歩けるかも」と思い出したという。

「借りるって言う時間がなくて」

ひなたは黒い傘を代わりに置き、祈里の名前を探したが、夜勤明けでどこにいるか分からなかった。

黄色い傘が廊下の先で開くと、少年は少しだけ顔を上げた。そして、傘の下までなら、と自分で足を床へ下ろした。

「勝手に持っていって、ごめんなさい」

ひなたは傘を返した。

「弟、あれを太陽じゃなくて、出口だって言いました」

祈里は濡れた持ち手を両手で握った。長い夜勤中、何度も同じ廊下を歩いた。自分にはただの黄色だったものが、誰かには外へ出る目印になったらしい。

転院車が出る前、少年が窓越しに手を振った。傘を少しだけ開いて見せると、彼も笑った。

休憩室へ戻ると、依子が紙コップのコーンスープを置いていた。

「傘の無断使用料」

祈里は白い湯気へ顔を近づけ、ゆっくり一口飲んだ。

「次は、晴れた日に返しに来てください」