大きすぎる持ち手
青海茅乃は古書喫茶「楕円」で、退職願の写真を見つめていた。
事故前の茅乃は、道具に合わせて手を鍛えることを誇りにしていた。補助具を勧められると、腕が落ちたと認めるようで断った。その結果、机へ戻る前から、自分で仕事への道を閉じようとしていた。
配慮を求める文面は、できないことの一覧に見えた。茅乃は何度も、退職願のほうが潔いと思い直した。
三か月前の事故以来、右手の指が細かく震える。資料修復の仕事では、薄い紙へ糊を置くたび手元が怖くなった。職場は休職を勧めたが、茅乃は戻れないなら早く辞めたほうが迷惑をかけないと思っていた。
店主が運んだカップには、不釣り合いに大きな持ち手がついていた。古い白磁の本体に、後から作ったらしい厚い土色の輪が継がれている。輪には籐が巻かれ、指を握り込まなくても掌を差し込めた。
茅乃は左手で飲もうとした。店主はカップを下げるでも支えるでもなく、コーヒーを少しだけ別のポットへ戻した。量が七分目になると、同じ位置へ置く。
右手を輪へ通す。指先は震えたが、掌と手首で重さを受けられた。カップは傾かなかった。
昔の持ち手は根元から失われている。元通りではない。けれど新しい輪は、きれいさより持てることを優先していた。長年使われた本体と、粗い補修の色は合っていない。その不揃いさが、かえって頼もしかった。
茅乃は退職願を閉じた。職場の申請画面を開き、これまで避けていた「業務上の配慮」の欄へ進む。
細筆用の支持台。作業時間の短縮。復帰初月は点検工程のみ。
入力するたび、要求が多すぎる気がした。会計で店主は、大きな持ち手を布で包むように拭き、籐の緩んだ一か所だけを糸で締めた。全体を作り直さず、必要な部分へ手を入れる。
茅乃は申請文の最後に、〈退職ではなく、段階的な復帰を希望します〉と書いた。
送信ボタンを押す右手は少し震えた。けれど指は画面の中央に触れ、申請済みの表示が出た。
店主はカップを棚の下段へ戻した。次も取りやすい高さだった。