失われた一秒の勇者

御影蒼の鑑定は、王都の大時計が正午を告げる最中に始まった。

時の国らしく、鑑定器も時計の形をしている。針が一周すれば才能が表示されるはずだったが、蒼の針は十二で止まった。

「魔力ゼロ。時を進める力すらない置物か」

宮廷時術師が笑う。

蒼の視界では、止まった針の上に別の文字が重なっていた。

《観測停止》

自分以外の時間を一秒だけ止める。

一秒で何ができるのか。そう考えた瞬間、天井近くの回廊で金属音がした。

黒衣の男が弩を構えている。狙いは、鑑定式を見守る幼い皇太子。騎士たちは時計へ注目し、誰も気づかない。

矢が放たれた。

蒼は能力を一度だけ使った。

《観測停止》

世界から音が消える。

矢は空中に止まり、鐘の余韻は銀色の波紋になって固まった。蒼だけが動ける。ただし残り時間が視界に表示されていた。

0.82。

皇太子まで十五歩。走っても間に合わない。蒼は目の前の鑑定時計を掴み、台座から引き抜いた。

0.49。

時計を矢の軌道へ投げる。

0.17。

蒼は皇太子の前へ滑り込み、右手を伸ばした。

0.00。

音が戻った。

矢が鑑定時計を貫き、内部の歯車を撒き散らす。軌道を逸れた矢は蒼の掌へ収まり、黒衣の男は逃げようとして近衛騎士に取り押さえられた。

誰も、蒼がいつ皇太子の前へ移動したのか見ていない。

ただ王都のすべての時計が、同時に一秒遅れていた。千年正確だった天文時計も、海軍の潮時計も、宮廷時術師の心臓に埋め込まれた生命時計も。

砕けた鑑定器の文字盤には、針でない一本の傷が残っている。

《世界時間欠損:一秒》

《原因:御影蒼》

宮廷時術師が椅子から立ち、震える手で懐中時計を確かめた。女帝も立ち上がり、蒼が握る矢と、無傷の皇太子を見比べる。

皇太子だけが笑っていた。

「置物ではない。誰より速かった」

その言葉に、笑っていた者たちは一斉に口を閉じた。

蒼が失わせた一秒は、王国中の時計に、彼の力の証拠として永遠に残った。