奇跡の残りかすを燃やす

灰熱病の隔離院では、死者の衣を燃やす炉が一日も止まらなかった。

炉の前に立つ灰魔族ルオの首には、薄い銅板が吊られている。祈祷院長カドモが板へ患者番号を刻むたび、ルオはその人の病を吸い取り、自分の肺で焼いた。救われる者の数だけ、彼の体は灰になっていく。床には毎朝、指一本分ほどの灰が積もり、職員はそれを『奇跡の残りかす』と呼んで無造作に掃いた。

医師イネスが院長職を引き継ぐと、銅板も渡された。

「あなたの印を裏へ刻めば、全患者を治せます」

「そのあと彼は?」

「消えます。聖なる犠牲です」

イネスはルオの胸を診た。心音のたび、銅板から黒い糸が肺へ伸びる。

「外せば死ぬかもしれない」

「つけたままでも、あと三日です」

「では選んで。外す?」

「……選べるなら、外してほしい」

イネスは印を刻む針を火で焼き、銅板の患者番号を一つずつ削った。最後に残ったのは『所有者の痛みを代わりに負う』という一行。

院長カドモが杖を振り上げる。

「病人を見捨てるのか!」

イネスは一行の中央へ針を突き刺した。

銅板が二つに割れ、黒い糸が灰となって散る。ルオは激しく咳き込み、初めて自分の肺だけで息をした。

「治療法は他にもある。私たちが手を洗い、寝具を分け、薬を配る。ひとりを燃料にするより手間がかかるだけ」

「その手間で何人死ぬ!」

「手間を惜しんだ責任を、彼に払わせない」

銅板の最後の熱が消えるまで、ルオは自分の胸へ手を当てていた。鼓動が命令の間隔ではなく、自分の速さで続いている。

ルオは隔離院を出た。イネスは止めず、余っていた防寒外套を渡した。

二日後、薬品庫で火が上がった。病室へ煙が迫る。職員が水桶を運ぶ中、窓から灰色の風が吹き込み、炎だけを丸く包んだ。

ルオが戻っていた。病を吸うのではなく、自分の火で火を食べている。

鎮火後、彼は割れた銅板をイネスの机へ置き、その横に白い診療用の仮面を並べた。

「自由な空気はどうだった?」

「冷たかった。うまかった。だから、もう一度ここへ入るのも俺が決められる」

彼は仮面を自分で着ける。

「犠牲ではなく助手として雇ってくれ。燃やす物は、毎回一緒に決めよう」

首に銅板はなく、仮面の紐だけが彼自身の指で結ばれた。