契約書が告発を始めた日

露木真白は、冒険者登録の誓約書を読むのに時間をかけた。

依頼を投げ出さない。仲間を故意に傷つけない。報酬から手数料を納める。表向きは普通だが、羊皮紙の端に針より細い文字が走っている。

鑑定結果は《魔力0》。試験官は真白の手から誓約書を取り上げようとした。

「能力なし。読めもしない規則に時間をかけるとは、役立たずほど権利だけ気にする」

真白は顔を上げなかった。

視界には能力が表示されている。

《真契約顕現》

契約書一通の、隠された当事者、条件、対価を一度だけ全員へ開示する。

元の世界で、家族が読まずに押した保証人欄のため家を失った。だから文字が小さいほど、真白は丁寧に読む。読まずに署名するつもりはない。

「この手数料、何に使われますか」

「新人が知る必要はない。血判を押せ」

背後では、登録を終えた若者たちが次々と地下の待機室へ案内されていた。誰も戻ってこない。

真白は羊皮紙を机へ置き、《真契約顕現》を使った。

小さな文字が黒い鎖となって立ち上がる。

《表契約当事者・冒険者ギルド》

《裏契約当事者・深淵教団》

《提供物・登録者の寿命、記憶、死亡後の魂》

《対価・支部長個人への不老処置》

《地下待機室・生贄転送陣》

受付の床が透け、地下に並ばされた新人たちが見えた。支部長の指には教団の印が浮かび、壁の寄付箱から黒い触手が伸びる。

さらに契約書自身が、告発するように声を上げた。

『創設者規約第七条。冒険者を売買した役員は即時失職。契約を暴いた者へ緊急監査権を移譲する』

支部長の金章が外れ、真白の前へ滑った。同時に地下の転送陣が消え、閉じ込められていた新人たちの扉がすべて開く。

王都法務院から来ていた監察官が立ち上がった。護衛騎士も剣を抜くが、切っ先は真白ではなく支部長へ向く。

試験官は誓約書を燃やそうとした。紙から伸びた黒鎖がその手首を机へ縫い止める。

真白は署名していない。

それでも新しい冒険者証が、解放された者たちの先頭に立つ彼女へ、自ら飛んできた。