始発列車の来賓
三枝民子は、玲奈の父を「駅員さん」と呼んでいた。
初対面の日、風間誠司が紺色の制服姿で現れたからだ。誠司が「鉄道の仕事をしています」と控えめに答えると、民子は勝手に地方駅の係員だと決めつけた。その制服は創業以来、経営者が現場へ入る日に着る正装だったが、誠司は説明しなかった。玲奈も、仕事に上下を付ける民子へ家名を教える必要はないと思った。
「立派なお仕事だけれど、うちの智紀は本社勤務なの。娘さんには身の丈を教えておいてくださいね」
玲奈は唇を結んだが、父は笑って受け流した。
半年後、智紀の会社が開発に参加した新駅の開業式が行われた。民子は息子の晴れ舞台だと張り切り、玲奈には来賓席の後ろで荷物を持たせた。実際の智紀は設計補助として真面目に働いており、母の誇張を恥じていた。玲奈が沿線住民の意見を匿名でまとめ、計画を救ったことも知っている。
「あなたのお父さんも呼べばよかったわね。駅員なら端で見学できたでしょうに」
ファンファーレが鳴り、ホームへ特別列車が滑り込んだ。先頭車両から国土関係者、知事、企業の会長たちが降りる。最後に現れたのは、あの日と同じ紺色の制服を着た誠司だった。
司会者の声が駅中に響く。
「風間交通連合代表、風間誠司会長です」
民子が持っていた式次第を見直した。
風間交通連合は、全国の私鉄、バス、物流、空港運営会社を束ねる巨大グループ。新駅の土地も線路も、風間家が提供したものだった。駅舎の時計は玲奈の祖母が寄贈し、駅前広場の樹木は、玲奈が子どものころに苗を選んだものだった。
誠司は来賓席へ向かわず、玲奈の前で立ち止まった。
「荷物持ちに来たのか?」
「そうみたい」
智紀が民子から鞄を受け取り、玲奈を父の隣へ促した。
開発会社の社長が駆け寄る。
「玲奈様、駅前複合施設の命名案をご承認ください。風間家の次期代表として、最後の決裁が必要です」
民子は震える声で言った。
「次期代表って……この子が?」
誠司は帽子の徽章を指した。民子が安物の駅員章だと思っていたものは、創業家当主だけが着ける金章だった。
テープカットの並びが変更され、中央に玲奈の名札が置かれる。
駅長が敬礼した。
「風間玲奈次期会長、始発列車の出発承認をお願いいたします」