娘と妻の交換日

早乙女瑛人の娘は、五歳で感染症に倒れた。治療薬の承認は、死の翌週だった。十六年後、医療用の過去修正が解禁され、瑛人は最初の一錠を発症日に届けた。

更新後、娘は二十一歳で生きていた。玄関を開けるなり、見知らぬ父へ抱きつくように泣いた。瑛人だけが、娘のいない十六年を覚えていた。

家の仏壇には、妻の写真があった。

薬で娘は助かったが、後遺症で腎臓を失った。妻は提供者になり、手術後の合併症で亡くなっていた。元の世界では、娘の死を支え合った妻が、今も瑛人と暮らしていた。二人は娘の誕生日ごとに海へ行き、空の弁当箱を一つ持っていった。更新後の娘は、その海を母との思い出として語った。瑛人の中では妻が隣に立ち、娘の中では同じ場所で母が車椅子を押している。

娘の腕には、妻の死後に彫った小さな日付があった。瑛人が取消を押せば、その傷も、母を看取った娘の人格も消える。

過去修正AIは、変更を戻せば妻が生き返り、娘が五歳で死ぬと告げた。画面には「家族総生存年数」の比較まで表示された。

瑛人は夜ごと取消画面を開いた。娘は、父が自分を見るたび誰かを探していることに気づいた。

「お母さんと、私を交換するつもり?」

娘は、母が移植前夜に「あなたが生きた時間を、私への借り物にしないで」と言ったことを覚えていた。その言葉まで消す権利が父にあるのかと尋ねた。

その問いで、瑛人は初めて、自分が二人を人ではなく結果として並べていたと知った。どちらの世界にも喪失があり、どちらを選んでも、残った一人に死者の代役をさせることになる。

彼は取消期限を過ぎるまで端末を娘に預けた。午前零時、ボタンは灰色になった。娘は端末を返し、母のレシピ帳を開いた。

二人で煮物を作った。娘は母と過ごした十五年を話し、瑛人は娘がいなかった十六年の妻を話した。同じ人なのに、二人の記憶の中で妻は違う年齢、違う笑い方をしていた。

鍋は少し焦げた。娘が「お母さんなら怒る」と笑った。瑛人も笑った。

過去を直しても、家族全員が揃う正解はなかった。それでも、失った人を奪い合わずに語る食卓なら、現在に作ることができた。