婚約者は火に強い

耐火鎧の営業士バルカ・レジオは、竜族の王女から頼まれた。

「父の前で婚約者のふりをして。政略結婚を断りたいの」

「商談一件分の報酬で」

「鎧も三百着買う」

「愛より強い条件です」

竜王の洞窟へ入ると、王と王妃が炎を吐いて迎えた。

王が尋ねる。

「娘の熱に耐えられるか」

バルカは胸を叩く。

「この鎧なら千二百度まで」

「自分の力ではないのか」

「装備も実力です」

王妃が感心する。

「現実的な婿ね」

王はさらに試す。

「娘が怒れば城が燃えるぞ」

「消火布を標準装備します」

「寝息でも火花が出る」

「寝具を石綿以外の安全素材へ」

「子が生まれれば?」

「幼児用耐火服も開発中です」

王女が小声で言う。

「商品説明になってる」

「私は本職を隠せない」

会話はなぜか順調だった。

「財産は?」

「在庫が二百六十着」

「住居は?」

「倉庫併設」

「娘を倉庫へ?」

「温度管理は万全です」

王妃はうなずく。

「王宮より安全かもしれない」

王女は困り始めた。

「お父様、彼とはまだ仮の」

バルカが慌てて遮る。

「仮契約です」

王が目を細める。

「本契約へ移る気は?」

「三百着の注文書へ署名いただければ」

「婚姻契約の話だ」

「そちらも紙は共通ですか」

王は巨大な指輪を取り出した。

「炎の試練を越えた者へ娘を」

バルカは一歩下がる。

「試練とは」

王女が答える。

「火山の火口で一晩」

「鎧の保証時間は二十分です」

「愛で延長して」

「保証規約に愛はありません」

王女はとうとう白状した。

「この人は婚約者のふり。耐火鎧の営業士よ」

王と王妃はしばらく黙り、やがて王が注文書へ爪印を押した。

「三百着買う。婿より役に立つ」

バルカは深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

「ただし娘が気に入った。婚約は別途検討する」

「商談が二件に増えました」

王女は見積書をのぞき込む。

「私の価格欄が空白よ」

「人は商品ではありません」

「そこだけ急に常識的ね」

王妃は二人のやり取りを見て笑った。

「仮契約にしては息が合っているわ」

バルカは鎧の面を下ろした。

偽の婚約は終わったが、見積書に〈王女一名・保留〉が加わった。