宛名欄の一行

風間隼人宛ての荷物は、いつもコンビニ受け取りだった。

シェアハウスに住んで一年になるのに、通販も役所の郵便も届かない。住所を使うのが嫌なのかと思われていた。

台風の翌日、玄関脇の郵便受けが倒れた。支柱が腐り、扉も閉まらない。仁科亮平は新しい集合ポストを組み立て、住人ごとの名札を印刷した。

「風間、漢字これでいい?」

「俺のはいらない」

「空欄だと誤配される」

「俺には来ない」

隼人はドライバーだけ受け取り、無言で支柱を固定した。亮平も名札の話をやめ、水平を測る。二人でコンクリート用の穴を開けた。

作業中、宅配業者が来た。大きな箱の宛名は隼人だったが、住所欄には近所のコンビニが書かれている。

「店が臨時休業で、連絡先からこちらを調べました」

業者は困った顔をした。

隼人は受け取らず、持ち戻りを頼もうとした。亮平が荷物の品名を見る。〈作業靴〉。翌日から必要なものらしい。

「身分証、あるだろ」

「住所が前のまま」

「じゃあ俺が受け取る」

「他人の荷物だぞ」

「同居人としてサインする」

亮平が署名し、箱を玄関へ置いた。隼人はしばらく見つめていた。

夜、ポストの組み立てを再開した。隼人が突然、古い郵便受けの内側を指す。剥がした名札の跡が何層も残っていた。

「前の家で、追い出されたあとも督促状だけ届き続けた。住所って、住む場所じゃなくて、捕まる場所みたいだった」

「借金?」

「親の。保証人にされかけた。今は片づいてる。でも変更届を書くと手が止まる」

亮平は事情を掘らず、名札シートを一行分切った。名字ではなく、家の愛称だけを印刷する。

「全員これで統一するか。中の仕分け表だけ本名」

「配達員が困る」

「じゃあ名字を書く。嫌になったら剥がせる」

翌朝、新しいポストには七人の名字が並んだ。隼人の名札だけ、端が少し浮いている。自分で貼り直した跡だった。

仕事へ出る前、彼は作業靴の箱から送り状を剥がした。次の注文画面を開き、受取場所をコンビニから自宅へ変更する。宛名欄の住所を最後まで入力し、部屋番号の代わりに、共同玄関の名札と同じ一行を加えた。