屋上の影が戻る日
屋上には、いつも三つの影があった。
僕と、彼女と、来なくなったあいつの影。
もちろん、本当に三つ見えるわけではない。フェンス際に並んで座ると、真ん中だけ少し空けてしまう。それが影のように残っていた。
あいつは二学期から学校へ来なくなった。理由を聞く人は多かったが、答えを知る人はいなかった。連絡をしても既読がつかない。家へ行く勇気もなく、僕らは屋上で「そのうち来る」と言い続けた。
冬の風は痛かった。
「もう、ここ来るのやめる?」
彼女が言った。
「寒いし」
「うん」
そう答えたのに、二人とも立たなかった。
あいつが残したものは、給水塔の脚に書いた小さな落書きだけだった。三人のイニシャルと、下手な王冠。見つかったら怒られるから消そうと言いながら、誰も消さなかった。
「私たちが来るの、待ってるみたいで嫌かも」
彼女の声は風に震えた。
「来られない人に、勝手に場所を取ってる」
僕も同じことを考えていた。あいつの不在を大切にしすぎて、戻る道を狭くしている気がした。
僕らは真ん中の空白を詰めて座った。肩が触れた。そこにあいつがいないことが、初めてはっきりした。
「写真、消す?」
「消さない」
「連絡は?」
「もう一回だけ送る」
僕はスマートフォンを出した。『元気?』も『学校来いよ』も、どちらも違う。迷った末、屋上の写真を撮った。二人の靴と、真ん中に空けなかった影。
『席、詰めた。来たらまた広げる』
送信した。
返事は来なかった。
春になり、僕らは屋上へ来る回数を減らした。教室で昼を食べ、部活へ行き、進路の話をした。あいつを忘れたわけではない。ただ、不在を毎日確かめることをやめた。
新学期のある日、僕の机に紙切れが入っていた。
『広げなくていい。端に座る』
字を見た瞬間、走った。
屋上の扉を開けると、あいつが給水塔の前に立っていた。髪が少し伸び、制服が窮屈そうだった。
「遅い」
昔と同じ言い方だった。
僕は何を聞けばいいか分からなかった。どうして来られなかったのか。今は大丈夫なのか。これから教室へ戻れるのか。
彼女が先にあいつの肩を叩いた。
「端、寒いよ」
三人でフェンス際に座った。今度は空白を作らなかった。肩と肩の間に、春の風が細く通った。
給水塔の落書きには、冬の間に錆が重なっていた。それでも三つの文字は残っていた。
屋上に戻ったのは、あいつだけではなかった。僕らも、待つことしかできなかった場所から、ようやく戻ってきたのだと思う。