山椒を噛む昼

高科莉都は、社内調査の回答期限まで十五分の屋上で、祖母の山椒ちりめんごはんを開いた。

小さな弁当箱に白いごはん、その上へ細かなちりめんと青い山椒が散っている。祖母が毎年炊き、冷凍して送ってくれるものだ。

莉都の鞄には、研究部長が若手のデータを書き換えた記録がある。最初に相談したのは莉都だった。けれど聞き取りが始まると、部長は「君を育てたのは誰だ」と一度だけ言った。その人に推薦されて今の職へ就いたことは事実だった。書き換えられたデータを担当していた後輩は、先月研究所を辞めた。送別の日、彼女に「何か見ていましたか」と聞かれ、莉都は答えられなかった。その沈黙も、確認書の訂正欄へ押した印の一部だった。

調査室へ提出する確認書には、証言を維持するか、記憶違いとして訂正するか、二つの欄がある。莉都は朝から訂正欄へ印をつけたままにしていた。

蓋を開けると、山椒の青い香りが鼻へ抜けた。ちりめんは舌の上で乾いた感触を残し、粒を噛むと痺れがゆっくり広がった。

祖母のレシピでは、山椒の実を全部潰さない。半分は形を残す。莉都は昔から実だけを箸でよけ、蓋の裏へ並べた。祖母は「そこまでして食べるの」と笑ったが、取り除いてはくれなかった。

今日も一粒、二粒とよける。白い蓋に緑の点が増えていく。

部長に教わったことは多い。初めて失敗した発表のあと、一晩かけて資料を直してくれたこともある。人の善意と不正が同じ手にあるとき、片方だけを本物にする方法を莉都は知らなかった。文章の直し方も、数字を疑う癖も、莉都の名前を会議で最初に出してくれたことも忘れられない。だから、その人が数字を変えた場面まで忘れたことにしたかった。

ごはんを最後の一口まで食べると、蓋の裏に山椒が七粒残った。

莉都は一粒を箸で戻し、噛んだ。舌の奥が強く痺れる。二粒目、三粒目も戻す。七粒目を飲み込むころには、水を飲んでも感覚が鈍かった。

確認書を開き、訂正欄の印を消す。証言維持の欄へ署名し、記録を添付して送信した。

空の弁当箱には、山椒の跡だけが残った。

恩を消す必要はない。痺れたままでも、見たことを見たと言うための舌は残っていた。