幽霊も一票

谷の温泉には幽霊が出る、と村人は信じていた。

夜になると湯面が勝手に揺れ、石を積めば翌朝崩される。前領主は「呪い払い税」を取り続けたが、祈祷師が三人逃げても温泉は静まらなかった。

新領主ユノは一人で湯場へ行き、崩れた石の下から古い銅板を掘り出した。

そこには、温泉は村の共有地であり、領主が囲えば源泉を守る精霊が壊す、と刻まれていた。

「幽霊じゃなくて、規則違反を取り締まる番人ね」

ユノは翌日、村人に宣言した。

共同浴場の所有者は領主ではなく、利用者組合。成人一人一票で、土地や財産の量は関係なし。月の利用料は銅貨一枚を上限とし、値上げには三分の二の賛成が必要。修繕費、薪代、残金は源泉前の石板に刻む。ユノ自身も入るなら一枚払う。

「精霊にも一票か?」と酒屋が笑った。

「源泉を守る仕事をするなら」

半分冗談だった。だが所有権が村へ戻ったその夜から、積んだ石は崩れなかった。石工は面白がって壁を造り、酒屋は会議用の椅子を貸した。前領主に税を取られていた老女たちは、余った布で暖簾を縫った。

開業前の最終会議で、利用料は銅貨半枚に決まった。温泉の熱だけで足り、薪代が予想より少なかったからだ。余分に取れるのに取らない決定へ、皆が自分で手を挙げた。

一番風呂を誰にするかで揉めたとき、湯面がぽこんと盛り上がった。透明な指が現れ、組合の箱へ古びた銅貨を一枚落とす。

「半枚でいいのに」とユノが言うと、もう半枚が湯から飛び出し、彼女の額に当たった。

笑い声の中、入口の投票板に新しい名札が掛けられた。

――源泉番・一票。

村人たちは精霊の銅貨を会計へ入れるか、記念に残すかで本気の採決をした。結果は一票差で会計入り。特別な存在の金でも、帳簿の外には置かないと決まった。酒屋は笑いながら半枚分の釣りを源泉へ投げ、透明な手に投げ返された。石板には収入一枚、返金半枚と正確に刻まれる。その細かさを見て、前領主の税に慣れた老女が初めて声を立てて笑った。

湯面には誰もいないはずの肩まで、満足そうに沈んでいた。