座布団は三枚

魚住寛治が部室の畳へ座布団を三枚並べた。

「本日の演目、落語研究会解散の段」

鷺坂冴が一枚を裏返す。

「笑えない話は落語じゃない」

「笑えないから稽古するんだろ」

壬生川草介は、大学へ返す備品一覧を読んでいた。扇子七本、手拭い九枚、座布団十二枚。部員は三人なのに、座布団だけが増え続けた。新入生は一度体験へ来て、誰も戻らなかった。

寛治は卒業後、プロの噺家へ弟子入りする。芸名も師匠がつけるため、魚住寛治という名は今日で終わる。

「売れたら寄席に呼んで」と冴が言う。

「売れたら木戸銭払え」

冴は中学校の教師になる。国語の授業で落語を扱うつもりだ。

「生徒が寝たらどうする」

「教師を辞めて弟子入りする」

「順番逆だろ」

草介は地方局のアナウンサーになる。ニュース読み志望で、面接では落語口調を封印した。

「お前だけ名前が残るな」と寛治が言った。

「顔も名前も出る仕事だから、失敗も残る」

三人は最後に一席ずつやることにした。寛治は別れ話を笑いへ変え、冴は教師と生徒の噛み合わない会話を演じ、草介は解散届を読み上げるだけで笑いを取った。

最後の演目が終わると、拍手する客はいない。三人は互いに拍手し、それが長く続きすぎて、途中から誰に向けたものか分からなくなった。

「解散理由、何て書く?」

「部員不足」

「活動目的達成」

「円満解散」

三人の案はどれも嘘だった。寛治が〈継続困難〉と書いた。

「落語みたいに、最後に落ちがないな」

「人生に落ちがついたら、そこで終わるだろ」と冴が言った。

鍵を返す前、寛治は自分の座布団を持っていこうとした。草介が備品だと止め、冴が「プロなら自分で買え」と笑った。冴は最初に裏返した一枚を表へ戻し、皺を手のひらで伸ばした。

三人は部室を出た。

畳には座布団が三枚残った。正面の一枚だけ少しへこんでいる。まだ名のない噺家が立ったあとを、誰も座らない席が黙って覚えていた。