弔電係の夜勤
夜勤の弔電係をしていると、死者から折り返しが来ることがある。
午前一時、使われていない回線が点滅した。受話器を取ると、若い男が言った。
『母への弔電を訂正したいんです』
「差出人のお名前を」
男は答えず、電文だけを直したがった。
『“先に行って待っています”を、“遅くなってごめん”に変えてください』
死者は自分の名を忘れやすい。私はそう教わった。会場と故人の名を訊いて検索すると、該当する葬儀は確かに翌朝あった。
次の電話は老女だった。孫への文面から「天国」という語を消してほしいという。
『あの子、空が嫌いだったから』
三本目は少年で、父への弔電を読み直してくれと頼んだ。受付票には毎回、相手の番号も住所も表示されない。私は死者の回線に個人情報は要らないのだと、疑いもしなかった。読み終えると、不思議そうに訊いた。
『お姉さん、どこの営業所にいるの? 内線七番なんて、案内にないよ』
「昔からここです」
『後ろで火災報知器が鳴ってる』
私には何も聞こえなかった。
夜勤室の時計は午前二時十七分から動かない。窓の外はいつも暗く、交代の係員も来ない。交換台から伸びる線を調べると、外へつながるものは一本もなく、すべて机の下で黒く焼け切れていた。それでも回線は毎晩光り、私は弔電を受け続けた。
最後の電話は、若い女からだった。
『古い社屋の番号へかけたら、つながってしまって』
「こちらは現役の夜勤室です」
『その建物、十年前に火事で閉鎖されています』
雑音の向こうで、別の声がした。
「新人さん、その受話器を置いて。そこは火災で亡くなった係員の内線だ」
若い女が息をのみ、それでも小さく「もしもし」と呼びかけた。机の下から焦げた匂いが立ち上り、私の左手の火傷が急に痛まなくなった。
私は勤務表を開いた。日付は十年前の火災当日で止まり、夜勤者の欄には自分の名、その横には《死亡・二時十七分》と赤く記されている。
『まだ、そこにいますか』
新人が訊いた。
「はい。夜勤担当です」
十年前の火災報知器が、ようやく私の背後で鳴り始めた。