忘却の連帯保証人
古賀誉は毎朝、友人の諒介から届く《記憶ローン》の支払通知を確認する。脳損傷で失った記憶を維持する費用は分割払いにできるが、滞納すると、連帯保証人から同じ期間の記憶を回収する。それが契約の規則だった。
諒介は二年前の工場事故で、直近五年を失った。補助記憶を入れれば仕事へ戻れると聞き、誉は迷わず保証人になった。二人は高校からの友人で、諒介が忘れた五年間のほとんどを一緒に過ごしていた。
毎月、支払い完了の緑色が届いた。諒介はそのたび「また一か月、俺でいられた」と送ってきた。誉は冗談で返しながら、保証人欄に署名した日のことだけは絶対に忘れまいと思っていた。
今朝だけは赤かった。
〈契約者が三か月分を滞納しています〉
〈本日午後六時、保証人から記憶三か月分を回収します〉
誉は諒介へ電話した。番号は使われていない。勤め先にも、アパートにもいなかった。
机の引き出しを探すと、二年前に預かった鍵が出てきた。諒介が「俺が変なことをしたら、これで倉庫を開けろ」と言ったものだ。場所は二人だけの記憶にある。
誉は郊外の貸倉庫へ向かった。扉を開けると、血のついた作業服と、工場の安全装置を外す手順書があった。事故は機械の故障ではない。諒介が会社に命じられ、装置を止めていた。
奥の端末には、諒介からの予約映像が残っていた。
『俺は事故の前から全部知ってた。補助記憶を入れたのは、証言できる状態に戻すためだ。でも会社に見つかった。たぶん俺は逃げ切れない』
誉は警察へ送信しようとした。
『だから滞納した。回収される三か月は、俺が証拠を預けた期間だ。おまえまで巻き込みたくない』
午後六時になった。
端末の送信先を入力していた誉の指が止まった。目の前の作業服が誰のものか分からない。なぜ倉庫にいるのかも、鍵をどこで得たのかも抜け落ちた。
通知が出た。
〈保証債務の回収が完了しました〉
〈なお、契約者の返済義務は継続します〉
誉は知らない男の映像を見た。男は必死に何かを訴えている。
映像の最後で、男は誉の名前を呼び、「親友」と言った。