悲しみのない喪主
沖津善蔵は、妻・亜矢の葬儀で悲しみゼロと採点された。
喪主の感情は式場の画面へ表示される。参列者が故人との絆を確かめ、葬儀社が進行を調整するためだという。長男は七十二、長女は八十一。五十八年連れ添った善蔵だけがゼロだった。
親族はざわついた。
「認知症じゃないか」
「本当は仲が悪かったのか」
葬儀社は、喪主を長男へ替えることを勧めた。悲しめない者の挨拶は参列者を傷つける可能性があるという。
善蔵は反論しなかった。
亜矢は四年間、骨の癌で苦しんだ。夜ごと痛みにうめき、薬が効かなくなるたび「明日が来るのが怖い」と言った。善蔵は妻が眠るまで手を握りながら、毎晩少しずつ別れた。亡くなった朝、亜矢の顔から痛みが消えたのを見て、最初に浮かんだのは、よかった、だった。
その安堵をAIは悲しみの反対と判定した。
長男が喪主を務め、善蔵は遺族席の端に座った。誰も彼へ慰めの言葉をかけなかった。帰宅後も、子どもたちは交代で様子を見に来て、感情検査を受けるよう勧めた。
善蔵は一人になると、二人分の茶を淹れた。湯飲みを置いてから、亜矢がもう飲まないことを思い出す。買い物では無意識に甘い菓子を二つ取り、夜は妻側の布団を踏まないよう歩いた。それでも涙は出なかった。悲しみは、涙より先に生活の形を変えていた。
三か月後、台所の換気扇が止まった。
亜矢は音にうるさく、回しっぱなしにすると必ず消しに来た。静かになった台所で、善蔵は初めて、もう叱られないことを知った。
床に座り込み、声もなく泣いた。
見守り端末が悲しみ九十六を記録し、子どもたちへ通知した。長男からすぐ電話が来た。
「やっぱり悲しかったんだね」
善蔵は画面を切った。
悲しかったのは事実だった。けれど、亜矢が死んだ朝に安堵したことも、同じだけ事実だった。
翌日、善蔵は感情端末を外し、二つ目の湯飲みを棚へ戻した。棚の戸を閉めるまでに、ずいぶん時間がかかった。
誰にも採点されずに妻を失うため、善蔵にはそれから長い時間が必要だった。