戸籍の一行

國枝纏は、児童養護施設を出た十八歳のとき、鞠子に雇われた。最初は住み込みの家政婦だったが、足腰の弱った鞠子を支えるうち、二人は親子のように暮らすようになった。

鞠子の甥・慎作は、纏を「財産を狙う他人」と呼んだ。正月には来ず、入院の保証人にもならないのに、古い洋館だけは自分が継ぐと近所へ話していた。

鞠子が亡くれると、慎作は葬儀社より先に不動産業者を呼んだ。

「血のつながらない使用人は今日で終わりだ」

纏の部屋へ段ボールを投げ込み、玄関の名札を外す。鞠子の写真を持っていきたいと頼んでも、「國枝家の物だ」と拒んだ。

遺産手続の日、慎作は戸籍謄本の束を机に置いた。

「伯母には子も夫もいない。兄弟も亡くなっているから、その子である俺が相続人だ」

司法書士は一枚目を見たあと、纏へ視線を向けた。

「最新の戸籍ではありません」

鞠子は手術を受ける二年前、纏と正式に養子縁組していた。二人は何度も話し合い、医師と弁護士にも相談し、役所へ一緒に届出を出している。鞠子は纏へ「介護の報酬ではなく、これからも家族でいるため」と説明していた。纏はその言葉を守り、慎作へ自分から家族関係を誇示しなかった。

慎作は戸籍を奪い取った。

「成人を養子にするなんて財産隠しだ。無効だ!」

同席した医師の診断書、届出時の映像、鞠子本人の日記が並ぶ。判断能力に問題はなく、養子縁組の意思も明確だった。さらに慎作は、古い戸籍だけを銀行へ提出し、自分を唯一の相続人と偽って預金の仮払いを申請していた。

銀行の担当者が立ち上がる。

「最新戸籍を隠した申請について、内部調査を開始しています」

公正証書遺言では、洋館と預金は養女の纏へ。慎作には、生前に受け取った事業資金を除けば遺贈はない。相続人の順位を数えていた慎作の表から、司法書士が彼の名を消した。

纏は鞠子の写真を胸に抱いた。

司法書士が戸籍の一行を指す。

「國枝纏さんは使用人ではありません。被相続人の子です。ここから退去するのは、鍵を替えた慎作さんの方です」