振り向けば最初から
蓮見ショウはゴール線の直前で、背後の悲鳴に振り向いた。
《後方確認》
走者が進行方向の反対を向いた瞬間、タイマーとコースを開始時点へ戻します。
記憶は保持されます。
白い光。次に目を開けると、ショウは再び出発線にいた。
一周目で橋から落ちた少女NPCも生きている。ショウだけが、その死を覚えていた。
二周目、少女を先に助ける。代わりに市場で老人が倒れる。振り向く。リセット。
三周目、老人を背負う。今度は仲間が罠にかかる。振り向く。
「記録を捨てるな!」
何度も同じコースを走るうち、ショウは全員の危険地点を覚えた。百メートル先の崩落、二分後の火災、名前も知らなかったNPCの癖。
三十周目。誰も死なない経路ができる。全員を誘導し、ゴールまであと一歩。
背後で、開始村の鐘が崩れる音がした。
振り向けば、また最初から。向かなければ完走できる。救った人々もゴール側にいる。
それでも村には、競技に登録されていない住民が残っている。
ショウは振り向いた。
三十一回目の開始地点。今度は走らない。村人全員を出発線の外、安全区域へ移す。最後に自分も線を越えず、門を閉じた。
タイマーは《0:00》のまま始まらない。
《完走者:0》
《死亡者:0》
三十一周分の記憶はショウにだけ残った。助けられた村人たちは、彼が自分のために何度世界を戻したか知らない。
少女が出発線の外から尋ねる。
「どうして泣いてるの?」
「全員いるから」
完走すれば記録は残る。リセットすれば行為は消える。ショウが選んだ救助は、ランキングにも感謝にも記録されない。
それでも開始村の時計だけが三十一本の薄い針を持ち、彼が振り向いた回数ぶん、同じ朝を守った。
出発線の内側には、完走報酬の宝箱が未開封で残った。村人は誰も欲しがらない。箱を開ければ競技が再開し、また誰かがコースへ配置されるからだ。
ショウは宝箱を椅子代わりに座り、三十一回目には見られなかった朝の続きを眺めた。
《コース初期化を終了――振り向く行為は記録を失う罰ではなく、見落とした誰かを救い直す権利でした》