振り子の幅
玉城亜弥は、風待時計店へ細長い振り子時計を抱えてきた。
かつて通っていたダンス教室の更衣室に掛かっていた品で、教室が閉まるときに譲られた。木の扉の内側で真鍮の振り子が揺れる。だが最近は、右へ振れたあと左へ戻る音が遅くなり、一日に十分以上ずれるようになった。
亜弥も、教室がなくなってから踊っていない。
会社近くの小劇場から、知人を通じて群舞への誘いが来ていた。週二回の稽古で、舞台は三か月後。上手な人を探しているのではなく、身体を動かせる人ならと書かれている。その気軽さがかえって怖かった。以前の自分と比べられたら、衰えたことが分かる。
誘いを断れば、上手だったころの記憶だけは守れる。舞台に立てば、その記憶を現在の身体へ渡さなければならない。
店主は時計を壁の試験用金具へ掛け、振り子を動かした。
こち、こち、こち、……こち。
四度目だけ間が空く。店主は機械を開けず、まずケースの左下へ薄い紙片を一枚挟んだ。音が少し揃う。さらに紙を半分に折って重ねると、左右の間隔が同じになった。
故障ではなく、亜弥の部屋で斜めに掛かっていたらしい。
店主は紙片の厚さを測り、木の小さな受けを底へ取り付けた。振り子をもう一度押す。揺れの幅は最初、大きかった。やがて狭くなり、それでも止まらず、同じ間隔で往復した。
亜弥は応募画面を開いた。自己紹介欄へ、十年の経験と三年の空白を書く。〈ブランクがあります〉の後ろに謝罪を足しかけ、消した。参加可能日に火曜と金曜を入れ、送信する。
店主は時刻を合わせるため、分針を進めた。正時を越えると、時計が低く一度鳴る。店主は鐘が終わるまで針に触れず、余韻が消えてから扉を閉じた。
修理票には〈機械異常なし・水平調整〉とある。亜弥はその文字を読み、時計を抱え直した。
店を出る直前、劇場から受付完了の通知が来た。振り子は運ぶため止められていたが、亜弥の腕の中では、さっきの左右の幅がまだ残っている気がした。