推薦枠は一つ

校内推薦の枠は一つだった。

地元の医療大学。授業料の免除があり、卒業後は地域の病院で働く。

私と親友は、同じ枠を希望した。

「どっちか、一般で受ける?」

親友が放課後の階段で聞いた。

一般入試なら学費免除はない。私の家にも、親友の家にも難しかった。

「成績で決めてもらおう」

私は答えた。

定期試験、評定、面接、活動実績。学校が選ぶのだから恨まない。

そう約束した。

それから私たちは、互いに勉強を教えなくなった。

昼休みの問題集を隠し、面接練習の時間を言わず、進路資料室で会うと別の棚へ移った。

相手が一問間違えるたび、安心した。

その安心が、自分を嫌いにさせた。

推薦選考の前日、親友が保健室へ運ばれた。受験の緊張ではなく、妹が救急搬送されたと連絡が来たのだ。

親友は早退し、面接練習を欠席した。

担任に「明日の選考へ来られない場合は辞退扱い」と言われた。

私は何も言わずに帰りかけた。

推薦を取れる。

階段を下りる途中で、足が止まった。

親友が医療の道を目指したのは、病弱な妹のそばで何もできなかった経験からだ。

私は祖父を救ってくれた看護師に憧れた。

どちらの理由が重いかなど、比べられない。

職員室へ戻り、選考日を延期できないか頼んだ。

「競争相手だぞ」

担任が言う。

「分かってます」

「延期すれば、お前が不利になるかもしれない」

「このまま勝ったら、ずっと負けた気がします」

選考は二日延期された。

親友は妹の容体が落ち着いた翌日、学校へ来た。

私が延期を頼んだと知ると、怒った。

「同情されたくない」

「同情じゃない。同じ条件で勝ちたい」

言い合いになり、最後は二人とも泣いた。

推薦を得たのは親友だった。

発表の紙を見た瞬間、悔しくて教室を出た。

親友は追ってこなかった。

その距離がありがたかった。

翌日、机の上に一般入試の過去問が置かれていた。

付箋に、

『今度は教え合おう』

とあった。

私は返事の代わりに、苦手な問題へ印をつけた。

一般入試で、私は別の県の看護大学に合格した。地元を離れることになった。

卒業式の日、親友は「推薦を譲ってもらったとは思ってない」と言った。

「譲ってない。負けた」

私は答えた。

悔しさを認めると、ようやく笑えた。

枠は一つだった。

けれど、進路まで一つではなかった。