揺れる甲板の薄いスープ

提督ボラードは、出航直前に料理人ベルメアを軍船から降ろした。

「戦船に必要なのは砲手だ。酔い止めの汁しか作れぬ者へ払う寝床はない」

港を出て最初の大波が来た。十分後、甲板から号令が消えた。

砲手の半分が舷側で吐き、操帆手は縄を握ったまましゃがみ込む。酔わないはずの古参兵まで顔を青くした。敵影はまだ見えていないのに、船は旋回すらできない。

新しい料理番は生姜酒を飲ませた。刺激で胃がさらに縮み、今度は水まで吐いた。

ベルメアが航海の朝に出していた薄いスープには、削った潮芋が入っていた。潮芋のでんぷんは胃の中で膜になり、揺れによる逆流を抑える。ただし濃く煮ると重くなり、逆効果になる。鍋一杯へ何枚削るか、波と船体の大きさで変える必要があった。

兵たちは味が薄いと笑っていた。その薄さこそが処方だった。

ボラードは潮芋を丸ごとかじらせたが、腹の中で膨らみ、兵はさらに苦しんだ。削る厚さ、煮る時間、飲ませる量のどれか一つでも違えば効かない。提督が軽視した薄味は、波の高さを見て毎朝作り直された航海技術だった。

同じ朝、ベルメアは港外れの救難船に乗っていた。嵐の中で難破者を拾う船だ。船員は彼女のスープを飲み、横殴りの波でも手を止めなかった。

救難船長は空の鍋を叩いた。

「今日は三隻から二十七人を引き上げた。誰も途中で吐かなかった。あんたの一杯は、救命索と同じ装備だ」

ベルメアには船室一つと、〈航海食士〉の肩書が与えられた。献立を決める時は、船長が先に波予報を持ってくる。

夕方、港へ逃げ帰った軍船から小艇が来た。ボラードの副官が命令書を掲げる。

「提督は今回の無礼を水に流すそうだ。今すぐ乗艦し、スープを作れ」

「水に流されたのは、皆さんの朝食では?」

副官は顔をしかめた。

「国家命令だぞ」

ベルメアは救難船の旗の下で、新しい乗組員証を見せた。

「私はもう、帰ってくる船ではなく、帰れない人を迎えに行く船の料理人です。海軍との契約は、私を桟橋へ降ろした時点で終了しています」