改札を出ない夜
小柳紗登は、改札の内側を三往復する女性を見ていた。外には、腕を組んだ男が立っている。恋人を待っているようには見えなかった。
女性は紗登の視線に気づき、小声で言った。
「兄です。今日、家を出たのを知って、連れ戻しに来ました」
足元には小さな段ボール箱が二つあった。女性は友人宅へ移る途中で、家族には住所を知らせていないという。
紗登は、話し合いをしないまま縁を切ることをよしとしない。自分は母親と三年口をきかず、病気になってから初めて連絡した。その空白を今も後悔している。
「一度、話したほうがいいんじゃないですか」
「話すたびに、私が間違ってることにされました」
「でも、家族なら」
「家族だからです」
その先は交わらなかった。女性は警察を呼ぶほどではないと言い、紗登は一人で別の出口へ行かせるのもためらった。
駅員に事情を伝えると、西口のタクシー乗り場まで別の通路を案内してくれることになった。女性の端末には兄からの着信が十七件並び、家族のグループには「心配をかけるな」とだけ届いていた。紗登には、それが本当の心配にも、命令にも見えた。どちらかを決める材料はない。
女性はスマートフォンの位置共有を切り、電源まで落とした。段ボールを二つ持とうとして、一つを落とす。
紗登は軽いほうを拾った。
「話すべきだと思ってるのは変わりません」
「私も、あなたが分かってくれたとは思ってません」
二人は駅員の後ろを歩いた。途中で駅員が警察への相談もできると告げたが、女性は今夜はしないと答えた。紗登は勧めも反対もしなかった。選ばなかった手段が残っていることだけ、女性が端末のメモへ記した。紗登は箱を抱え、女性はもう一つと自分の鞄を持つ。西口の階段を上がると、雨の向こうにタクシーの灯りがあった。
女性が乗り込むまで、紗登は箱を離さなかった。ドアが閉まる直前、互いに名を尋ねないまま頭を下げる。
東口の男は、最後まで改札を見ていた。
二人は同じ場所を見ずに、同じ出口を選んだ。