救い手のない傷
処刑まで一刻。ポルネアの身体には、六つの死印が焼かれていた。
手首の輪は鎖を呼び、足首の輪は逃亡を禁じる。喉の線は声を封じ、胸の円は夜明けに心臓を止める。額の点は看守へ居場所を知らせ、背中の文字は死体になっても燃え続ける。
独房へ忍び込んだエヴェクトは、傷買いの悪魔へ自分の左腕を差し出した。
契約は、他人の傷や刻印を一つ自分へ移せる代わりに、その相手の記憶からエヴェクトに関する出来事が一つ消えるというものだった。どの記憶が失われるかは選べない。
彼はポルネアの手首へ触れた。
一つ目の死印が自分の腕へ焼き移る。鎖が彼の手首を締めた。
ポルネアが瞬きをした。
「初めて会った日のことが、思い出せない」
二つ目を移す。足首へ鉄の輪。彼女は二人で川を越えた夜を忘れた。
三つ目。喉の線がエヴェクトの声を奪う。ポルネアは、彼から剣を習った六年間を失った。
もう会話はできない。彼は床へ指で《続ける》と書いた。
四つ目、胸の円。心臓が夜明けを待つ冷たい指に掴まれる。ポルネアの目から、彼に告白された記憶が消えた。
五つ目、額の点。看守たちの感覚がエヴェクトへ向く。廊下の遠くで鐘が鳴った。
ポルネアは後ずさった。
「あなたは、誰?」
残る背中の文字を移せば、彼女の身体から死刑囚の印はすべて消える。独房の扉は「印のない者」を拘束できない。だが最後に何を忘れるか、もう答えは見えていた。
エヴェクトは彼女を抱き、背へ手を置いた。
灼熱が自分の皮膚を走る。六つ目の印が刻まれた。
ポルネアの顔から、彼を知っている最後の色が消えた。
扉が開く。死印を失った彼女を牢は囚人と認めない。エヴェクトは鍵を投げ、出口を指差した。
彼女は拾った短剣を彼へ向けた。
「看守なの? なぜ助けるの」
声を失った彼は答えられない。笑うと、胸の円が締まり、血を吐いた。
足音が迫る。ポルネアは迷い、やがて扉から走り去った。振り返らなかった。
夜明け、空の独房でエヴェクトの心臓が止まった。背中の死文字が燃え上がり、皮膚へ一人の女の名をくっきり残す。
看守が死体を調べたが、誰を救うための傷なのか分からなかった。
遠い門を越えたポルネアも、自分の名が見知らぬ男の背に焼きついていることを知らない。彼女の世界には最初から、救い手だけが存在していなかった。