旅程表を閉じる

 晶は、旅程表の宿泊費だけを何度も見直した。

 一泊二万四千円。交通費と食事代を足せば、来月の自由に使えるお金のほとんどが消える。大学時代の友人四人で行く秋の旅行は、全員が「久しぶりだから少し贅沢しよう」と盛り上がって決めたものだった。

 木曜の二十時、晶はグループチャットへ送った。

〈ごめん、予算を見直したら今の宿ちょっと厳しいかも。近くの安いところも探していい?〉

 三十分たっても既読はゼロだった。

 文章は丁寧なはずなのに、見返すたびに、場を冷やす人の発言に見えた。みんなはもう宿の温泉や朝食を楽しみにしている。自分一人の事情で候補を戻すのは、わがままだろうか。

 テーブルには、帰宅途中に買った塩焼きそばがあった。半額シールの上に、消費期限「本日二十一時」と印字されている。時刻は二十時四十六分。晶は蓋を開けたが、麺はすでに冷えて固まっていた。

 財布からレシートを出す。焼きそば、豆腐、洗剤。合計九百六十八円。旅行の積立を始めてから、コンビニのコーヒーをやめ、昼食も弁当にした。それでも急な歯科治療と更新料で、予定は簡単に崩れた。銀行アプリの残高を見るたび、温泉の写真より先に翌月の家賃が浮かんだ。

〈やっぱり大丈夫!〉

 そう送れば、会話は丸く戻る。来月の自分が頑張ればいい。頑張る内容は、まだ決まっていない。

 晶は追加の文を打ったまま、台所へ立った。豆腐を容器から出し、塩とごま油をかける。包丁を使わない夕飯が二品になった。洗い物も箸と小皿だけで済む。

 戻っても、既読はついていなかった。

 未読の画面に拒絶はない。ただ、まだ届いていない時間があるだけだ。晶は〈やっぱり大丈夫〉を消し、旅程表のタブも閉じた。

 安い宿を探すのは、旅行を楽しみにしていないからではない。帰ってきたあとも普通に暮らしたいからだ。

 冷えた焼きそばを少しずつほぐし、豆腐と交互に食べる。返事が来るまで、自分の予算を恥ずかしいものにしない。それだけ決めて、今夜は計算を終えた。