明日の欠席欄

学級日誌の欠席欄には、夕方になると翌日最初に休む人の名が一つだけ浮かんだ。

担任は事前に家庭へ連絡し、体調を尋ねた。

発熱する子には早く休ませ、家の事情がある子には課題を減らした。

保護者からは、よく気づく教師だと感謝された。

担任自身は一度も休まなかった。

熱があっても、声が出にくくても学校へ行く。

自分が欠ければ、教室が崩れると思っていた。

年度末の夕方、欠席欄に担任自身の名が浮かんだ。

翌日は卒業前の大切な授業だった。

担任は日誌を閉じ、

「外れることもある」

と自分に言い聞かせた。

朝、熱はない。

体も動く。

学校へ行き、普段どおり授業を始めた。

しかし黒板へ字を書こうとすると、手が止まった。

何を教える日だったか分からない。

生徒の顔を見ても、急に遠く感じる。

前夜まで作った教材の意味が頭に入らない。

担任は教卓を握った。

休めば予知どおりになる。

同時に、今ここへ立ち続けることも、教室へいることとは違う気がした。

「今日は、先生が欠席します」

担任は言った。

生徒たちが笑った。

「いるじゃん」

「体だけいます。授業をする頭が休んでいます」

隣の教室へ応援を頼み、保健室で横になった。

診断は過労だった。

一日では戻らず、一週間休むことになった。

教室が崩れると思っていた。

実際には、学級委員が連絡をまとめ、別の教師が授業を進め、生徒たちは卒業準備を続けた。

失敗もあった。

飾りの文字を間違え、配布物が一部足りない。

それでも誰かが直した。

復帰した日、学級日誌の欠席欄へ、生徒たちの字で一文があった。

「先生が休んだので、先生以外もできると分かりました」

担任は少し寂しく、同じくらい安心した。

翌日の欠席者を知っても、担任は先回りして休ませるだけではなくなった。

本人へ、

「明日、休みたい理由はありますか」

と尋ねる。

体調だけでなく、疲れや怖さも欠席の理由になってよいと伝えた。

自分の名が再び浮かぶことはなかった。

それでも学級日誌を閉じる前、担任は毎日確認する。

明日、誰がいなくても、残った人だけで一日を続けられる余白があるか。

教室を守るとは、自分が一度も欠けないことではなかった。