星を待たなかった夜

プラネタリウムの売店で、史佳は見覚えのある星空案内を見つけた。新品の表紙を見た途端、鞄の奥に眠る同じ本が重くなった。高校時代、征士から借りたままの一冊だった。

三年生の十二月、流星群が来る夜に、二人は学校の屋上で会う約束をした。天文部はすでに引退していたが、征士が合鍵を返しておらず、「最後に一回だけ」と笑った。

史佳は制服の上にコートを着て、午後十一時から待った。征士に借りた案内本で方角を確かめ、ページの星印と本物の空を見比べた。零時を過ぎても、彼は来なかった。連絡もつかなかった。

午前二時、最初の流星が落ちた。史佳は一人で見たことが悔しくて、本の余白に〈最低〉と書いた。手袋の中の指が痛み、屋上の扉が風で何度も鳴った。明け方までに七つ数え、屋上を出た。

翌日、征士の席は空だった。父親の会社が倒産し、家族で夜のうちに町を離れたと担任から聞いた。事情を知っても、史佳の怒りは消えなかった。約束より大きな出来事があったことは分かる。それでも、一言も残さず消えたことを、理解だけで許せなかった。

十六年後、史佳は星に興味を持ち始めた娘を連れて、故郷のプラネタリウムを訪れた。屋上へ行った年と同じ十二月だった。上映後、解説員として壇上に現れたのが征士だった。彼も史佳に気づき、出口で立ち尽くした。

史佳は持ってきた案内本を差し出した。余白の〈最低〉は消していない。

「ずっと返したかった。でも、許したことにされそうで返せなかった」

征士は本を開き、その文字を見た。

「許さなくていい。あの夜、怖くて、誰にも連絡できなかった。君なら待つって分かってたのに」

二人は、それ以上十六年を埋めようとしなかった。征士は娘に次の流星群の日を教え、史佳はメモした。

帰り道、娘が聞いた。

「今度はあの人も来るの?」

「さあ。でも私たちは行こう」

史佳は空を見上げた。待たされた夜は消えない。けれど次の星を見る予定まで、あの夜に預けておく必要はなかった。