星喰い猫の乳歯一本

天文塔の星が、毎晩一つずつ消えていた。

犯人は塔の屋根に棲みついた星喰い猫だとされ、占星術師たちは世界の終わりを叫んだ。紺青の猫型魔獣が口を開くたび、夜空から光が一粒なくなるように見える。

時計修理師の千景は、望遠鏡を覗いて別のものを見つけた。

猫は星を飲み込んでいない。口元へ集めた光を、左の牙へ当てては痛そうに首を振っている。

「歯が抜けかけてるんじゃない?」

塔主は鼻で笑った。「天災を飼い猫と同じに扱うな」

千景は答えず、歯車用の小さな鉗子と柔らかな革紐を持って屋根へ出た。

星喰い猫が目を細める。尾が夜空を横切ると、星座が歪んだ。千景は逃げず、自分の口を開けて奥歯を指した。

「私も子どもの頃、糸で抜いたよ。怖くて三日泣いた」

猫は低く唸ったが、やがて顎を屋根瓦へ載せる。口を開くと、親指ほどの乳歯が半分外れ、歯茎に引っかかっていた。光を噛むたび揺れて痛むらしい。

千景は革紐を歯へ結ぶ。塔主たちは下から攻撃術を唱え始めた。

「合図したら、くしゃみして」

通じるはずのない頼みだった。それでも千景が鼻先を羽根でくすぐると、猫は目を寄せ、大きなくしゃみを放った。

乳歯が抜け、紐の先で青く輝く。飲み込まれていたと思われた星々が一斉に夜空へ戻り、塔の上へ光の川ができた。消えた星を凶兆として王へ売り込んでいた占星術師たちは、予言書を抱えたまま言葉を失う。千景だけは、抜けた歯を見て『よく我慢したね』と笑った。

猫は舌で歯茎を確かめ、満足そうに喉を鳴らす。千景が薬草を染み込ませた布で血を拭くと、額に七つ星の印が現れ、彼女の鉗子へ移った。

抜けた乳歯は最高位の星晶石だと塔主が手を伸ばす。

星喰い猫はそれを前足で千景の工具箱へ転がし、牙を見せた。

「これは治療代だって」

千景が笑うと、猫は屋根へ長々と横たわり、彼女の腿を枕に選んだ。夜色の毛は撫でる角度で無数の星を瞬かせる。頭は天球儀より重かったが、耳の後ろに溜まる熱は、冷えた指先を朝まで包めそうなほどやわらかかった。