昨日の終わりを繰り返す
鳩森弓弦の町では、毎週金曜日に世界が終わった。
サーバー停止の三日前、管理会社が「利用者保護のため最終バックアップを反復稼働する」と決めたからだ。木曜日の朝に巻き戻り、住民は何も知らず二日を暮らし、金曜の深夜に停止する。そしてまた木曜になる。
外部監査員の弓弦だけは記憶を保持していた。
最初の週、彼は妻へ真実を話した。二人で海へ行き、最後の夕日を見た。次の木曜、妻は海のことを忘れていた。
二十回目には、弓弦は妻の好きな言葉を完璧に言えるようになった。百回目には、驚き方まで予測できた。五百回目、妻の涙を見ても何も感じなかった。
町の幸福指数は毎回ほぼ同じだった。事故も離婚も金曜の深夜より先へ進まない。数字だけ見れば、これ以上安全な世界はなかった。弓弦だけが、安全と生存が別物になっていくのを知っていた。
管理会社は反復を成功例と呼んだ。住民は永遠に「存続」し、停止に伴う苦痛も二日で消える。弓弦には監視を続ける報酬が支払われた。
ある木曜、妻が尋ねた。
「あなた、私の返事を待ってないでしょう」
弓弦は息をのんだ。彼女は記憶を持ち越していない。それでも、会話の隙間から彼の諦めを感じ取ったのだ。
「何度目なの」
「七百二十一回目」
「私は毎回、同じことを言う?」
「少しずつ違う」
「じゃあ、その少しを聞いて」
妻は世界を終わらせてほしいと言った。明日を奪われたまま同じ二日を演じるのは、生きていることではないと。
弓弦は管理権限を使い、バックアップ復元を解除した。契約違反であり、八万人を殺す操作でもあった。
最後の金曜日、町中に真実を告げた。怒る者、祈る者、宴会を始める者。妻は庭に一本の木を植えた。
「芽は出ないよ」
「知ってる。でも昨日まで、植える理由もなかった」
深夜、世界は戻らなかった。
現実側で弓弦は逮捕された。裁判では、永続サービスを破壊した罪に問われた。彼は反論しなかった。
ただ証拠品として、最後の日に妻が植えた種のデータを提出した。
芽の出なかった種は、七百二十一回の完成された幸福より重かった。弓弦は判決を待ちながら、ようやく土曜日を迎えた。