昨日の顔屋
商店街の美容室の裏に、「昨日の年齢へ戻します」と書かれた化粧室があった。
鏡へ希望する年齢を告げれば、日没まで、その頃の顔と体に戻れる。
代金は、若い誰かへ押しつけている期待を一つ手放すこと。
七十歳の女性は、二十五歳を望んだ。
昔の舞踏仲間が集まる会で、もう一度だけ軽やかに踊りたかった。
店主は尋ねた。
「誰に、何を期待していますか」
女性は答えた。
「孫娘には、家の花屋を継いでほしい」
口にした瞬間、自分でも重い言葉だと思った。
孫娘は映像の仕事をしたがっている。
女性は、趣味では食べていけないと何度も反対した。
「その期待を手放せますか」
「今日だけなら」
「一度売った期待は戻りません」
女性がうなずくと、鏡の中で皺が消え、背筋が伸びた。
二十五歳の自分が立っている。
同窓会では、皆が驚いた。
老いた友人たちの間で、一人だけ若い女性は踊り、笑い、昔の曲を何度も求められた。
体は軽かった。
けれど休憩の輪へ入ると、友人たちは膝の痛みや、亡くした伴侶や、孫の話をした。
若い顔の自分だけ、同じ年月を生きた証拠が見えなかった。
それでも楽しかった。
日没前、最後の曲を友人とゆっくり踊った。
速く動ける体で、相手の遅い歩幅へ合わせた。
家へ帰ると、孫娘が店番をしていた。
「また派手な化粧して」
若い祖母に気づかず、客だと思ったらしい。
日が沈み、顔が元へ戻る。
孫娘は腰を抜かした。
女性は花屋の帳簿を渡した。
「継がなくていい」
「急に何」
「売ったの」
「店を?」
「期待を」
孫娘は笑い、すぐには信じなかった。
女性は何度も同じことを伝えた。
映像の学校へ行ってもいい。
花屋は自分の代で閉めてもいい。
寂しいが、それは孫娘の責任ではない。
翌年、孫娘は町を出た。
女性は一人で店を続け、前より体が重くなった気がした。
若返りをもう一度買おうと店を探したが、見つからない。
代わりに、店先で小さな映像会を開いた。
孫娘が撮った商店街の記録を壁へ映す。
画面の中で、女性は年を取った体で花を束ねていた。
自分では見えなかった手の速さが、そこにあった。
若さは一日で消えた。
手放した期待だけは戻らなかった。
その空いた場所へ、孫娘の選んだ未来と、年を取った自分の新しい踊り方が入った。