時刻を尋ねるギター
二十七歳の坂東夕子は、分からないことを人に聞く前に、自分で調べ尽くした。新しい業務の略語も、壊れた複合機も、乗り換え先も検索する。質問すれば、準備不足を見せることになると思っていた。
その慎重さで大きな失敗は避けてきたが、先月は見積書の前提を一つ誤解し、三日分を作り直した。同僚は責めず、「最初に聞いてくれれば」と言った。その言葉のほうが、叱られるより長く残った。夕子は新人のころ、先輩へ基本的な質問をして『それくらい検索して』と言われたことがある。先輩はもう退職したのに、その声だけが検索窓の上に残った。聞かずに遅れる矛盾には気づいても、口を開く瞬間の恥ずかしさを越えられなかった。
大学前の歩道で、乾啓介がクラシックギターを弾いていた。譜面台には時計がなく、乾は曲の合間に通行人へ時刻を尋ねていた。腕時計をした人にも、スマートフォンを持つ人にも同じように聞く。答えが一分ずれても訂正せず、その時刻を小さな紙へ書き留めていた。
夕子が足を止めると、乾が言った。
「知っていることを尋ねるのは、嘘になりますか」
「自分で分かるなら、聞く必要はないでしょう」
「では次に会った人へ、画面を見せたまま時刻を聞いてください」
夕子のスマートフォンには十八時四十二分と出ている。馬鹿らしいと思いながら歩くと、犬を連れた女性が来た。夕子は声をかけかけてやめ、すれ違う。次は配達員。さらに学生。三人目でようやく、「すみません、今何時ですか」と聞いた。
学生は夕子の画面をちらりと見たが、笑わず「六時四十四分です」と答えた。二分進んでいた。夕子は礼を言い、胸の奥に用意していた言い訳が使われなかったことに驚いた。
翌朝の会議で、新しい料金表が示された。基準月の意味だけが曖昧だった。周囲は黙って資料をめくり、夕子も検索用の単語をメモしかけた。
彼女はペンを置き、説明者が次のページへ進む前に手を挙げた。
「この数字の基準月を、もう一度教えてください」