書かない作家の豆大福
葦名透子は、十五年前に書いた児童書の印税で暮らしている。
一冊だけの本だが、毎年少しずつ売れ、学校図書館へも入る。次回作を期待され続けたが、透子は二冊目を書かなかった。
「作家じゃなく、書いたことのある人」
そう名乗ると、皆たいてい困った顔をした。
幼馴染の峰岸冬児だけは困らない。
火曜の午後、豆大福を四つ持って透子の家へ来た。
「新作は?」
「ない」
「先週も聞いた」
「答えが安定してる」
二人は縁側へ座った。
透子の机には、白い原稿用紙が積んである。
書こうと思って買い、書かずに置いたものだ。
冬児は一枚取り、紙飛行機を折り始めた。
「高級な使い方」
「印税で買った紙?」
「そう」
「なら読者還元」
「読者は君だけ」
飛行機は庭の石へぶつかり、すぐ落ちた。
豆大福を食べる。
薄い餅の中へ餡が詰まり、赤えんどうの塩気が甘さを引き締める。
透子は一つ目をゆっくり食べ、冬児は二つ目へ手を伸ばした。
「四つ買った理由は?」
「二人で二つずつ」
「一個で十分」
「じゃあ私が三つ」
「計画的犯行」
庭では、郵便受けへ薄い封筒が届いていた。
出版社からの印税明細だった。
透子は中を確認し、卓の端へ置く。
「今月も本が働いた」
「作者は?」
「豆大福を食べてる」
「役割分担」
冬児は紙飛行機をもう一つ折った。
今度は透子が先端を少し調整する。
縁側から投げると、風に乗って梅の木の下まで飛んだ。
「書かない才能が上がった」
「折る方の技術です」
夕方、冬児が帰るころ、豆大福は一つ残った。
「夜に食べな」
「夕飯が入らない」
「明日の朝」
「餅が固くなる」
「焼けばいい」
働かない人間より、食べ物の予定だけは先まで決まった。
透子は残った原稿用紙を箱へ戻した。
二冊目を書くかどうかは決めない。
紙飛行機にしてもよいし、買い物のメモにしてもよい。
縁側には餡と焙じ茶の香りが残り、庭の飛行機は夕露で少し濡れていた。
翌朝、透子は固くなった豆大福を網で焼いた。
餅がぷくりとふくらみ、香ばしい匂いが立つ。
その様子を見て、一行だけ書きたくなったが、まず熱いうちに食べた。続きは、食後でも何年後でもよかった。