月曜八時の退職届
月曜午前八時、魚住琢生の予定表に、金曜の自分から一文が追加されていた。
〈部長の「ちなみに」で三枚目を出せ。〉
机の隅には、乾きかけた小さなサボテン。金曜の事業提案で承認を取れば主任昇格、失敗すれば地方倉庫へ異動。それが今週の成功条件だった。
部長は本当に「ちなみに」と言った。琢生が三枚目の収益表を出すと質問をかわしたが、次の法務確認で止まった。金曜十八時、会議室が白くほどけ、また月曜八時。サボテンの土まで同じ形だった。
二周目の予定表には、琢生が送った一文が出る。
〈法務には水曜十時、赤い付箋の条項を先に見せろ。〉
三周目は経理、五周目は部長の昼食、八周目は役員のゴルフ話まで先回りした。予定表は一文しか受け取れないため、琢生は句読点を削り、暗号のように詰め込んだ。
十一周目、提案は承認。主任昇格の内示と、社宅の更新通知が届いた。サボテンへ水をやろうとすると、未来確定の入力欄が開く。
その横に、新事業の実施計画があった。収益を成立させるため、倉庫の契約社員百二十人を外部委託へ切り替える。琢生が避け続けた「地方倉庫への異動」は、その解雇面談を担当する役目だった。主任になった未来の彼は、毎週同じ定型文を読み上げている。
〈契約満了に伴い――〉
金曜の自分が送ってきた完璧な一文は、その席へ行くための道順だった。
琢生は昇格確定の指示を消した。サボテンの鉢を両手で持ち、別の一文を入力する。
〈月曜八時五十九分に退職届を出し、机のサボテンを持ち帰れ。〉
月曜八時。
琢生は予定表を読み、八時五十九分に退職届を提出した。賞与査定前の自己都合退職。社宅は一か月で退去、退職金もほとんどない。部長は「ちなみに、異動なら撤回できるぞ」と言ったが、琢生は三枚目を出さなかった。
金曜十八時一分、彼は引っ越し用の段ボールに囲まれていた。時間は戻らない。
サボテンの棘が指に刺さった。小さく血が出たので、琢生は笑った。十一回の月曜には一度もなかった、予定表に書かれていない痛みだった。