朝焼けにかからない声

深夜ラジオの制作室で、高瀬未波がエンディング曲を準備していた午前四時五十六分、最後のリクエストが届いた。

〈夫が亡くなる前に残した声です。今朝が結婚記念日なので、曲の前に流してください〉

添付された音声には、男性が笑いながら「来年も同じ曲を聴こう」と話していた。パーソナリティは「絶対に泣ける。最後に使おう」と言い、番組責任者もチャットで許可した。

未波は投稿フォームの同意欄を開いた。文章とリクエスト曲の放送にはチェックがある。添付ファイルは、内容確認用として送られたもので、放送利用の欄は空白だった。

「曲とメッセージは読めます。でも、この声は流せません」

「本人の妻が送ってるんだよ」

「送ることと、何万人へ聞かせることは同じじゃないです」

生放送まで三分。未波は投稿者へ電話をかけたが、つながらなかった。責任者は「時間がないから善意で判断して」と言った。

未波は音声を放送用フォルダから外し、パーソナリティへ短い紹介文を渡した。〈大切な人と毎年聴いた曲を、今年は一人でリクエストしてくださった方へ〉。男性の声を使わなくても、曲が始まる理由は伝わる。

放送後、投稿者からメールが来た。

〈声は、スタッフさんに事情を分かってほしくて送りました。放送されると思っていなかったので、曲だけでよかったです〉

パーソナリティは読み終え、未波へ「止めてくれてありがとう」と言った。曲が終わるまで、制作室では誰も感想を足さなかった。その沈黙も、放送に乗せないための仕事だった。

未波は添付音声がある場合、放送利用の可否を別に確認する項目を提案し、今夜の判断を記録した。感動を作るために、誰かの私物を勝手に舞台へ上げない仕組みが必要だった。

朝焼けの窓際で、責任者が次の改編から帯番組のプロデューサーを任せたいと告げた。未波は以前、現場で反対する役ばかりになるのが嫌で断っていた。

今度は、断る位置を最初から番組に作れる。

未波は「投稿素材の利用規定を改めること」を条件に書き添え、就任依頼へ承諾を返した。