木曜署名の遺言
木曜日が消える地域では、遺言書を水曜の夜に封じ、金曜の朝に開く。署名は消えた木曜にだけ現れる。相続人は文字を声に出して読んではならず、内容に異議がある者は赤い蝋へ親指を押す。押した指は次の木曜まで使えない。
槇代惟臣は、司法書士事務所で木曜遺言を扱っていた。
父の遺言が届いたのは、葬儀から三日後だった。封筒は事務所の保管庫にあり、担当者として惟臣自身が開封しなければならない。
金曜の朝、同僚二人が立ち会った。紙には父の署名があり、財産のすべてを「長男ではない槇代惟臣」へ譲ると書かれていた。
惟臣は一人息子だった。
「表現の問題でしょう」
所長は平然と言った。木曜遺言では、存在しない親族が指定されることがある。その場合、同姓同名の実在者が受け取る。ただし本人だと名乗ってはいけない。
父とは十年、まともに話していなかった。実家の工場を継がず、法律の仕事を選んだ惟臣を、父は「他人」と呼んだ。遺言まで他人扱いかと思うと、笑うしかなかった。
財産目録には、工場、土地、預金のほかに「木曜日の作業台」があった。事務所の規則では、物の確認後に相続承認を行う。
惟臣は工場へ向かった。シャッターを開けると、油の匂いが残っていた。中央の作業台だけ新品のように磨かれ、万力に細い金属板が挟まっていた。
板には二つの名前が刻まれていた。父の名と、惟臣が生まれる前に死んだ兄の名。家族から一度も聞いたことのない名だった。
作業台の引き出しには、父が毎週木曜につけていた工程表があった。存在しない兄と一緒に工場を継ぐ計画、惟臣を大学へ行かせる費用、電話をかけて謝る予定。どれも木曜の欄に書かれ、実行されないまま終わっていた。
事務所へ戻り、惟臣は遺言を承認した。自分が長男ではないなら、父が謝れなかった相手の代わりとして受け取ればいい。
赤い蝋へ異議の親指は押さなかった。
封筒を閉じると、蝋の中央に指紋が一つ浮かんだ。惟臣のものではない。油で黒く汚れた、小さな子供の親指だった。
その指紋だけが、次の木曜まで柔らかいままだった。