机の右側だけ

学習机の右側の引き出しだけが、きれいに空いていた。

琴枝が開けると、奥に通知表と模試の成績表が輪ゴムで束ねてある。左側の引き出しには父の領収書と印鑑が詰まり、机の上には母の裁縫箱。子どもの頃から「琴枝の机」と呼ばれていたが、自分の場所は右側だけだった。

「成績表は残せ」

父が背後から言った。今日は家の売却前の片づけで、机も粗大ごみに出す。

「何に使うの」

「お前が頑張った証拠だろう」

一番上の模試には、赤いペンで「次は十位以内」と書かれている。父の字だった。九位を取った紙には「油断するな」、三位には「一位との差」とある。

琴枝は輪ゴムを外した。

「これは証拠じゃなくて、採点の続き」

「昔のことだ」

「だから捨てる」

父は束に手を伸ばしたが、琴枝は胸の前へ引いた。紙の角が腕に当たる。

「俺が持っておく」

「私の名前があるものを、勝手に持たないで」

家の中には、琴枝の名前を付けた物が多かった。机、部屋、アルバム、貯金箱。けれど中身を決めるのはいつも両親だった。

琴枝は卓上の小さなシュレッダーを床へ下ろした。一枚目を差し込む。数字が細い紙片になり、透明な箱へ落ちていく。

父は腕を組んだ。

「後悔するぞ」

「したら、その後悔も私のもの」

二枚目、三枚目。順位も偏差値も、同じ幅に切られた。最後の通知表だけ、父が「待て」と言った。

そこには担任の字で、「自分の意見を言えるようになりました」とある。

琴枝はその一行を読み、紙を半分に折った。残すのではなく、文字を見えなくするためだった。それもシュレッダーへ入れる。

「今、言えてるから要らない」

父は何も答えなかった。

引き出しの底から、未使用の便箋が一冊出てきた。薄い灰色で、罫線も飾りもない。琴枝はそれだけを持ち帰り用の箱へ入れる。

「それは何の証拠だ」

父が聞いた。

「まだ書いてないことの場所」

机を運び出す前、琴枝は左側の引き出しを開けた。父の領収書を段ボールへ移し、印鑑を渡す。

「ここも、お父さんが片づけて」

父はしばらく立っていたが、やがて自分で古い領収書を一枚破った。

机の右側も左側も空になった。琴枝は便箋一冊の軽さを抱え、机より先に部屋を出た。