梅壺を置く場所
母からの電話は、藍の部屋に置き場所がないことを知っている声だった。
「おばあちゃんの梅壺、処分するけど、本当にいらない?」
茶色い陶器の壺は、子どもの藍なら膝まで隠れる大きさだった。毎年六月になると、祖母が青梅を入れ、赤紫蘇で手を染めた。祖母が亡くなってから五年、壺は空のまま物置にある。
母が送ってきた写真には、二枚の紙が貼られていた。「割れ物・発送」と「不燃ごみ」。発送すれば、狭い台所の床を一角ふさぎ、送料も高い。処分すれば、部屋は今のまま整っている。
二十九歳の藍は、物を増やさない暮らしを上手にしていた。食器は二枚ずつ、季節外の服は持たない。身軽なら、何かを決め損ねてもすぐ動ける。けれど、ずっと動けるようにしていることが、いつからか動かない理由になっていた。
「送って」
母は意外そうに、「梅干しなんて作れるの?」と聞いた。
「作れない。たぶん最初は失敗する」
電話を切ったあと、藍は台所の隅にあった細い棚を動かした。そこには掃除道具が収まっていた。壺を置けば、ほうきは廊下へ出る。整っていた部屋に、ひとつ不格好なものが増える。
数日後、壺は大きな箱で届いた。中には母からの紙が二枚入っていた。祖母の梅干しの作り方と、近所の店の梅干しの注文票。失敗したら買えばいい、という意味らしい。
藍は注文票を捨てずに冷蔵庫へ貼り、作り方の紙を壺の中へ入れた。
来年六月、本当に梅を漬けるかは分からない。壺を邪魔に思う日も来る。それでも藍は空の壺を床へ置いた。身軽さを失う不便も、何かを続けるための重さとして、自分で抱えてみることにした。
翌年六月、藍は一キロだけ青梅を買った。傷のある実を除くと、壺の底はほとんど見えたままだった。作り方の紙にはない茶色い点を見つけ、捨てるべきか迷ったが、写真を撮って自分で調べた。塩を量り、重石を載せる。成功する保証はない。失敗すれば壺ごと嫌いになるかもしれない。それでも蓋を閉じた瞬間、空間をふさいでいた陶器が、待つ時間を持つ道具へ変わった。