森の椅子は三本脚
苔口沙羅は、友人と立ち上げた会社を半年で畳んだ。
便利なサービスになると信じていたが、客は増えず、最後には友人とも話が合わなくなった。
解散手続きを終えたあと、沙羅は森の貸し小屋へ一週間こもった。
小屋の管理人は、向かいの工房で家具を作る男性だった。
初日、薪を届けに来て、壊れた椅子を見つけた。
「脚が一本腐ってる」
「座らなければ困りません」
「小屋には、座らない人ほど椅子が要る」
意味が分からないまま、沙羅は修理を手伝うことになった。
工房には、木の匂いが層になっていた。
杉、楢、胡桃。男性は壊れた脚を外し、同じ材を探さず、余っていた白樺を選んだ。
「色が違います」
「森も一色じゃない」
沙羅は鋸で切ったが、測った長さより短くなった。
「失敗です」
「残り三本を短くする手もある」
「全部悪くなる」
「全部そろう」
結局、椅子は四本脚を諦め、二本の古い脚を外して三本脚に作り直した。
座面の裏へ三角形の支えを入れる。
見た目は少し奇妙だが、床の上で揺れなかった。
「会社も、こうやって形を変えられたのかな」
沙羅が訊くと、男性は鉋の屑を集めた。
「変えられたかもしれないし、木が足りなかったかもしれない。壊した人にしか分からない」
慰めるでも責めるでもない答えだった。
夕方、小屋の前へ椅子を置いた。
沙羅は一人で腰を下ろし、管理人がくれた豆のスープを食べた。
白い豆と玉葱、燻した肉。湯気へ胡椒と薪の香りが混じる。
三本脚の椅子は土の凹凸に馴染み、四本のときより安定していた。
森では、風が高い枝から低い草へ順番に渡った。
沙羅は会社で使っていたノートを開き、未完の企画を一つずつ見た。
全部を再開する気はない。
ただ、顧客から好評だった小さな機能だけは、別の形で誰かへ譲れるかもしれない。
ノートの端へ〈三本でも座れる〉と書いた。
帰る朝、椅子は小屋へ残した。
次の客が座るかもしれない。
沙羅の上着には木屑と煙の匂いがつき、掌には紙やすりで磨いた白樺の滑らかさが残っていた。
元の形へ戻らなくても、休める場所は作り直せる。そのことを、森の三本脚が黙って支えていた。