正直な苦味のタルト
市場食堂《砂糖なし》の店主ノエは、甘くない菓子を作る。開店以来、「菓子なのに愛想がない」と売れ残り、黒カカオのタルトは今日も丸ごと棚にあった。
夕方、絹服の商人カザールが入ってきた。頬はこけ、指にはいくつもの宝石。彼は料理名を聞く前に言った。
「甘くしていないものを。一粒の砂糖も、一滴の蜜もだ」
七日前、競争相手に《逆味の呪い》をかけられたという。甘みは焼けた泥に、旨みは腐臭に変わる。水以外を吐き戻し、明朝の大市で香辛料を競り落とす体力も残っていない。金はあるのに、どの料理人も「少しくらい甘みが必要だ」と隠して蜜を入れた。
「私は、甘くないと言った」
怒りより、信じてもらえなかった疲れが声に滲んでいた。
ノエは黒カカオの《苦味タルト》を一切れ出した。生地にも中身にも砂糖はない。焦がした木の実と、酸味の強い山乳、塩をひとつまみ。飾りの果実さえ置かなかった。
「苦いですよ」
「それを頼んでいる」
カザールは小さく切り、慎重に舌へ乗せた。呪いが苦味を甘露へ変えたわけではない。黒カカオはそのまま苦く、山乳は鋭く酸っぱい。けれど、嘘の甘さが一つもない。
彼は目を閉じ、二口目を食べた。苦味のあとに木の実の香りが残り、塩が生地の輪郭を出す。空だった胃が、ようやく食べ物を拒まなかった。
「うまい、とは今の私の舌では言えない」
「言わなくて結構です」
「だが、食べられる」
その言葉だけで十分だった。
一切れを食べ終えるころ、カザールの背がまっすぐになった。震えていた手で水晶の競札札を持ち上げ、数字を確かめる。明日の大市へ立てる顔に戻っていた。
彼は金貨を一枚置く。ノエが代金は銅貨五枚だと言うと、残った丸いタルトを指した。
「全部買う。明日の朝も同じものを一切れ。呪いが解けても、砂糖は入れないでくれ」
「甘いほうが売れますよ」
「客が求めたものを勝手に変えない店は、もっと売れる」
翌朝、市場の鐘より早く扉が鳴った。カザールは大市の落札章を胸につけ、空になったタルト箱と、異国の黒カカオ豆を一袋抱えていた。
「追加注文だ。今度は、私の商隊全員分を正直に苦くしてくれ」