死刑囚の鼓動
処刑人トルガが刃を構えると、胸の鼓動が囚人のものと重なった。
執行の間だけ二人の心臓は一つになる。刃を下ろせば囚人の鼓動が止まり、処刑人は自分の拍動へ戻る。だが刃を捨てて赦せば、処刑人の心臓が代わりに止まる。
その掟があるから、誰も処刑人に慈悲を求めない。
石台へ伏せたのは旧友のベルザだった。城門を敵へ開いた反逆者。だが昨夜、敵軍の天幕から戻った彼は、城主が民を売る密約を持ち帰っていた。
「懐に文書がある」とベルザが囁く。「俺を斬ったあとで出せ。お前は英雄になれる」
「死者の文書など、偽造で終わる」
「なら、俺を生かせばいい」
冗談のように言って、ベルザは笑った。二人の鼓動が同じ速さで跳ねる。
見届け役の城主が指を上げた。「執行」
トルガは刃を落とさない。兵たちの槍が近づく。ベルザの胸から伝わる恐怖は本物だった。それ以上に、助かることを望みながら、友を死なせまいとする意志も流れ込んでくる。
「俺を斬れ」とベルザが低く言い直した。「お前が死ねば文書を出す者がいない」
トルガは処刑剣を石床へ投げた。
一つに重なった鼓動が大きく跳ね、彼の胸だけが静かになった。膝が崩れる。ベルザの枷が呪いによって外れた。赦免は成立したのだ。
城主が叫ぶ。「反逆者を二人とも殺せ!」
ベルザは倒れる友の懐から処刑人章を抜き、壇上の鐘へ投げつけた。章が割れると、処刑記録を保管する魔鏡が空へ開いた。トルガが昨夜ひそかに映しておいた密約の全文が、広場中へ浮かぶ。
兵たちの槍が城主へ向き直った。
ベルザはトルガの胸へ手を当てた。動かない。自分の心臓は二人分のように激しく打っている。
「半分返せ」
応えはない。それでも彼は処刑台の上で、胸骨が折れるほど強く友の胸を叩いた。
一度。
二度。
三度。
トルガの身体が痙攣し、目を開ける。鼓動が戻った。ただしそれは彼のものではなかった。ベルザの胸は静まり、代わりにトルガの中で同じ癖のある二拍が鳴る。
城主が連行される中、処刑人は友の遺体を抱き上げた。
以後、トルガは眠るたびベルザの夢を見た。鏡に映る瞳も少しずつ友の色へ変わり、やがて自分がどちらの名で呼ばれていたのか、鼓動に尋ねなければ分からなくなった。