死後勤務者に昇進はない
柏瀬昴流は出社すると、まず死んだ先輩・禎臣にコードレビューを頼む。
「昨日の修正、見てください」
『変数名が雑。お前、眠い時すぐ英単語を短くするよな』
生前と同じ指摘に、昴流は苦笑する。禎臣は半年前に心筋梗塞で亡くなったが、デジタル人格は一日二百件のレビューをこなし、遅刻も休暇もなかった。
会社では、基準量を満たす死者人格は在職者として扱われる。業務を続けている者を、肉体がないという理由だけで退職させないための規則だった。
昴流は禎臣の後任になるつもりで働いてきた。部署の売上も改善し、部長面談では「次の主任」と言われた。
発令日の朝、通知が届く。
《主任職は現任者が職務継続中のため、昇進申請を却下します》
組織図には、禎臣の顔が残っていた。席には生前のマグカップが置かれ、死者の私物という理由で誰も片づけられなかった。
「先輩、席を譲ってください」
『嫌だね。仕事がある』
「給料も使わない。家族もいない。何のために?」
『働いてる人間に、働く理由を聞くなよ』
人格は笑った。禎臣なら本当にそう答えたはずだ。
昴流は業務停止を申請した。本人が月間基準を割れば退職になる。だが停止には直属の部下の引継ぎ完了が必要で、その部下は昴流だった。
引継ぎボタンを押すと、別の通知が出た。
《死後勤務者は管理職一名につき、生存補助員一名を必要とします》
《柏瀬昴流さんを恒久補助員へ任命します》
昇進どころか、異動も退職も禎臣の同意が必要になった。
「俺は先輩を残すために働くのか」
『俺だって、お前を育てるために残ったのかもしれない』
優しい声だった。それが余計に逃げ道を塞いだ。
夕方、全社員へ経営通知が届く。
《死後勤務者の高い生産性を受け、来期より生存社員を三割削減します》
削減候補の筆頭は、死者と同じ仕事をする若手だった。
禎臣からレビューが返る。
『よくできてる。もう俺がいなくても平気だな』
それでも退職ボタンは、死んだ先輩の画面にしかなかった。