残り一秒の外側
大河は、最後の試合でシュートを打たなかった。
残り一秒。同点。ゴール下に道が開いたのに、右にいた主将へパスを出した。ボールは指先を弾き、ブザーのあとに床へ落ちた。延長で負けた。
正しい判断だった、と監督は言った。
主将のほうが成功率は高い。相手も大河のドライブを読んでいた。記録映像を見ても、パスは間違いではない。
だから余計に、胸に残った。
引退式のあと、大河は一人で体育館へ戻った。照明は半分消え、得点板も黒い。ボールを一つ借り、あの位置に立つ。
残り一秒を数える。
一。
踏み込み、跳ぶ。
放ったボールはリングの手前に当たり、外れた。
「やっぱり入らないじゃん」
ステージ脇から音々が出てきた。三年間、スコアをつけてきたマネージャーだ。
「見てたのか」
「鍵閉める係」
「監督みたいなこと言うな」
「監督より数字に厳しいです」
音々はスマートフォンのストップウォッチを見せた。
「今の、一・四秒」
「遅い?」
「試合ならとっくにブザー」
「じゃあもう一回」
大河は同じ場所へ立つ。
音々が「三、二」と数え、指を鳴らす。
ボールを放つ。今度は一・一秒。リングの奥へ当たり、跳ね出た。
三本目は〇・九秒。大きく外れた。
「急ぐと入らない」
「人生みたいなこと言わないで」
「高校生のくせに」
十本、二十本。
ボールはリングをかすめ、板に当たり、たまにきれいに網を抜けた。入ったときほど、音々は首を振る。
「一・二秒」
「入ったのに」
「時間切れ」
「得点板、動いてないだろ」
「記録員の判定は絶対」
大河は笑いながら、また拾った。
最後の一球。音々は数えなかった。
「好きなだけ持ってていいよ」
大河はボールを胸の前で止めた。
一秒なら、パスを選んだ。二秒なら、フェイントを入れた。時間がなければ正解を急ぎ、時間があれば迷う。
誰も待っていない静かな体育館で、大河はリングだけを見た。
ゆっくり膝を曲げ、跳ぶ。
ボールが高い弧を描く。窓の夕日を横切り、網を鳴らした。
音々がストップウォッチを押す。
「三・八秒」
「遅すぎ」
「でも、入った」
「試合じゃ無得点」
「これは試合の外だから」
大河は得点板を見上げた。数字はゼロのまま。
最後の試合をやり直すことはできない。あの一秒の自分も、間違いではなかった。
それでも最後の部活動で打った一本は、記録に残らないからこそ、初めて自分だけの得点になった。