残り二十三時間
臼井開都は仕事帰り、駅の自販機で水を寿命一分で買う。残高は三十八年。画面はいつも緑で、購入後に《明日もご利用いただけます》と表示される。
その夜、友人の浬人は同じ自販機に拒まれた。
《残り寿命:二十三時間四十一分》
《最低利用残高を下回っています》
この都市では、残り二十四時間未満の人間に商品も交通も売らない。決済後に死亡し、苦情や事故処理が未完になるのを防ぐ。それが唯一の規則だった。
「娘の手術代、払った」
浬人は笑った。
七歳の娘へ三十年を売り、手元に一日だけ残したという。今夜、隣県の病院へ行き、目覚めるところを見届ける予定だった。
開都が切符を買おうとする。
《利用者本人の残高が必要です》
タクシーも、配車時に乗客の寿命を確認して拒否した。開都の車は修理中。病院まで百二十キロ。
「救急車を呼ぶ」
「病人じゃない」
「残り一日だぞ」
「それは病気じゃないってさ」
浬人は駅前のベンチへ座った。
開都はレンタカー店、長距離バス、個人送迎を片端から試した。どの画面も同じ判定を返す。
《到着予定時点で、利用者が存在する保証がありません》
浬人の娘から動画が届く。
『パパ、明日来る?』
手術前の帽子をかぶり、笑っていた。
浬人は「行く」と返信した。
残り二十二時間。
開都は自転車を二台買った。自分の顔で決済し、片方を渡す。
浬人がサドルへまたがると、電動補助が停止した。
《低残高者による利用を制限します》
「普通の自転車なら」
店へ戻る。非電動車は売り切れだった。
二人は歩き始めた。
病院までの徒歩予測は二十六時間。
残り二十一時間五十分。
開都は浬人の腕を引いた。
「走れば間に合う」
「お前が先に死ぬぞ」
「三十八年ある」
笑いながら走った。
夜明け前、浬人は道路脇へ座り込んだ。残り十六時間。病院まで九十キロ。
端末に娘の手術成功通知が届く。
《面会可能時刻:明日午前十時》
浬人の残り終了は、今日の午後十一時四十一分。
「間に合わなかったな」
彼は動画を撮った。
『起きたら見て。パパの時間、ちゃんと届いたから』
送信ボタンは押せなかった。
《二十四時間未満の送信者による予約配信は利用できません》
開都は自分の端末で撮り直した。
画面の中の浬人は、最後まで「明日会おう」と言わなかった。