母には送らない写真

沙耶が母からの電話に出ると、最初に「ちゃんと食べてる?」と聞かれた。

「食べてるよ」

流しには、昼に使ったカップ麺の容器が置いてある。夕飯はまだ決めていない。給料日まで六日で、財布の中身を考えると、食べているという返事は半分しか本当ではなかった。

母は実家の近所に新しいスーパーができた話をした。卵が安かったこと、父が違う銘柄の味噌を買ってきたこと。沙耶は相槌を打ちながら、冷蔵庫を開けた。

キャベツの外葉、ウインナー二本、冷凍うどん一玉。使えるものはある。作る元気がないだけだ。

「そっちは何食べるの」

「これから適当に。冷蔵庫いっぱいだから」

また半分だけ嘘を重ねた。母は「ならいいけど」と言い、天気の話に移った。心配をかけたくない。けれど心配を避けるための会話は、電話を切ったあと余計に部屋を静かにする。

沙耶は思い切って言った。

「今月ちょっと使いすぎた」

母の声が一拍止まった。すぐに送金の話をされたら、それはそれで困ると思った。返せるのに借りたくはない。

「何に?」

「歯医者と、歓迎会と、あと細かいの。別に足りないわけじゃない。ただ、豪華ではない」

母は笑った。「うちも給料日前は豪華じゃなかったよ。キャベツとウインナーなら、鍋に水少し入れて蒸しな。味は塩だけでいいから」

それだけ言って、父が風呂から上がったからと電話は終わった。送金の提案も説教もなかった。

沙耶は教わったとおり、フライパンにキャベツとウインナーを入れた。水を少し、塩を少し。蓋の内側が曇り、やがて野菜の甘い匂いがした。

皿に盛って写真を撮る。茶色いウインナーと、色の薄いキャベツ。映える要素はない。

送信画面で母の名前を選び、やめた。「作ったよ」と報告すれば、安心させる仕事まで今夜の予定に増える気がした。

写真は自分のアルバムにだけ残した。

ちゃんと食べている証拠は、誰かに提出しなくてもいい。沙耶は湯気の向こうで、今日の自分にだけ丸をつけた。

電話のあとも、部屋は一人分の静けさだった。けれど、さっきまでの静けさとは少し違う。フライパンに残った蒸し汁をパンでぬぐいながら、沙耶は「豪華ではない」を「足りていない」と同じ意味にしなくていいと思った。